第54話 奴隷商、侯爵と交渉する

療養を終え、再びオーレック領より出発することになった。


目的はラエルビズ領の領都リヨーク。


「皆のもの! 出発だぁ!!」

「おおぅ!!」


今回も斥候を何度も送った。


だが、どの報告もラエルビズが静かにしているというものだった。


まぁ、無理もない。


相手は先の戦いで魔法師団を壊滅させられ、兵を幾人も失ったのだ。


その傷が癒えるまではとても戦争はできないのだろう。


とはいえ、ラエルビズは王国で最強の軍隊を保有する大貴族。


交渉をするなら、今を置いて他にはないのだ。


……。


領都リヨークに到着したのは数日後だった。


相変わらずの市民の手厚い歓迎を受ける。


建前上は、僕は奴隷商としてこの街に入っている。


「ここの人たちは戦争が遭ったことを知らないのかしら?」

「どうだろうな。見る限り、街は平和そうだし、戦争をした雰囲気も微塵も感じないな」


市民は僕達を敵として認識していると言うよりは……


いつもように、奴隷商として忌み嫌われているという感じだ。


石を投げてくる子供が多いのは、よく戦闘訓練を受けている証拠だろうか?


……


「貴様は!!」


さすがに衛兵ともなると、事情を知っているようだな。


「すぐにラエルビズ侯爵様がお会いになるということだ……」


ここまでは順調、と。


ただ、ぞろぞろと仲間を連れていくわけにはいかない。


ここは……


「マギー、それとシェラ。一緒に来てくれないか?」

「ええ」

「承知」


「ヨルも来てくれ」

「分かった」


この三人がいれば、どんな窮地でも大丈夫だろう。


……


さすがは侯爵家だな。


調度品が素晴らしい。


もっとも武具に特化しているけど……。


そういえば、ブラッドソードを見た時に血相を変えていたな。


王族しか知らないはずだが、これだけの武器マニアならば、どこかで知ったのかもしれないな。


……


ラエルビズが現れた。


片足がなくなり、杖と従者の介添がないと歩けない状態みたいだ。


「これはラエルビズ卿。ご機嫌はいかがかな?」


今回は勝利者としての面会。


精々、偉そうにさせてもらおう。


「くっ……イルス卿も元気そうだな。あの剣を使って、生きているとは……」


ん?


まぁ、生き延びたのは本当に奇跡だったからな。


「まずは座るといいですよ。随分と大変そうですから」

「ああ、そうさせてもらおう……それで? 私をバカにしに来られた……と言う訳でもあるまい」


バカにしているのが分かるとはさすがだな。


もうちょっと、露骨にやってやるべきだっただろうか?


まぁ、これからは商談だ。


まじめにやろう。


「話が早くて助かります。こういう時は感情が表立つとまとまる話もまとまりませんから」

「よく言うわ。話を進めよ」


僕はまず、今回の戦争行為による損害賠償を請求するつもりだ。


「白金貨1000枚だと? ふざけるな。あんな小隊程度の規模を攻撃して、どうしてそんな損害が出るのだ」

「お分かりになりませんか? あれはイルス辺境伯への攻撃。野盗とは訳が違うのですよ」


今回の被害は精々、金貨数百枚程度だ。


そのほとんどが青熊隊が壊した鎧なんだけど……


「領地への戦争……ともなれば、その賠償額は妥当かと。もちろん、口止め料……も含まれますけど」

「ぐっ……」


ラエルビズ卿も分かっているだろう。


今回の戦には大義名分はない。


宣戦布告もない。


非は明らかにラエルビズにある。


その非も僕を殺せれば良かったんだけど……


「僕は生きている。もちろん、そこの裏の扉にいる兵士に殺させるのもいいでしょう。でも、それでも生きていたら? それこそ、あなたの人生は終わりですよ」

「生意気な……。だが、白金貨1000枚など払えるわけがない!」


そんな事は百も承知だ。


確かに侯爵領は大きい。


しかし、軍事に偏っている地域は商業が弱い。


金の動きが鈍いのだ。


そのため、十分な資金が領内に残っているとは思ってもいない。


だからこそ……


「権利を譲ってはもらえませんか?」

「なに? どういうことだ?」


ここはイルス領とは隣接している。


それに人口もかなり多い。


ラエルビズ領だけでも相当なものだが、その子飼いの領地を含めれば……


かなり旨味のある消費地だ。


ここに食いつかない手はない。


オーレック領もそれなりに買い手はつくが、人口が少ないせいですぐに商品が飽和状態になってしまう。


今後のことを考えれば、優先的に商売が出来る土地を見つけておきたいと思っていたのだ。


「優先的に取引……か。それはイルス領から産出する……」

「全てです。もちろん、こちらから物資を購入したい場合もこれに含まれます。これらを認めていただければ、賠償額の大幅な減額を約束します」


この取引は僕にとって、かなり分がいい。


たしかに、ラエルビズ家は大貴族で、軍事力を持つ。


一方、イルス領は領地こそ広いが、何の産業もない無価値な存在だ。


そんな相手に交渉する余地は本来は全く無い。


だが、今回は違う。


この交渉を蹴るということは、自らの命を潰すということになるからだ。


僕には王都への告発という切り札があるから。


「それにこれはラエルビズ家にとって悪い話ではありません」

「どういうことだ?」


これは永続的な取引を生み出す。


イルス領はたしかに未開の土地だ。


だからこそ、眠っている資源は他の領地とは比べ物にならない。


それを優先的に受け取れるのだ。


「だが、開発には時間がかかろう。そんな上手くは……」

「僕は奴隷商です。人を集めるのは得意ですから。それによく働きますしね」


……。


「よかろう。イルス領と我が領での優先的な貿易を許可しよう。精々、我が領に利益をもたらしてくれよ」


よし。


これで一段目が終わった。


次は……。


「シェラ。例のものを」

「承知」


一本の瓶がテーブルに置かれた。


「それは何だ?」

「回復薬です。エルフが薬草の知識に長けているのはご存でしょ? これはその知識と技術の結晶です。よろしければ、飲んでみて下さい。先の戦闘で相当、体が傷ついているようですから」


「……おい、誰か怪我人を連れてこい」


さすがに飲まないか。


まぁ、問題はない。


「信じられない……こんなものは見たこともないぞ」


それはそうだろう。


これは他とは比べ物にならない回復薬だ。


なにせ、欠損した部位が再生するほどなのだから。


「私にもくれ!」

「では、交渉をしましょう……」

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