第53話 奴隷商、体に傷跡を残す

気を失って、どれくらいの時間が経ったのだろうか?


僕は体中に広がる激痛に耐えながら、ベッドで悶え苦しむ日々を過ごしていた。


一体、なぜ、こうなってしまったんだろうか。


記憶を引っ張り出そうとしても、分からないことだらけだ。


ただ、一つ。


ブラッドソード……。


初代様が愛剣として引っさげて、この大陸に覇を唱えた。


王国を築き、秘宝の一つとして数えられる名剣。


だが、使うだけでこんなに苦しい思いをするなんて聞いたことがない。


その剣は今でも僕の側に置かれている。


おもちゃみたいに軽い剣。


触っても、何も起こらない。


だけど、あの時だけはおかしかった……。


「ロッシュ。大丈夫?」

「ああ、随分と楽になったよ。ところで、あの後はどうなったんだい?」


それが気になっていた。


だけど、皆が無事である姿を見たので大丈夫だと思っていた。


あの戦はなんとか乗り切れたのだと……


しかし、体が回復してきた今は、全てを知る必要がある。


「ロッシュが倒れた後……」


ラエルビズ軍は撤退してしまったようだ。


撤退理由はラエルビズの負傷によるところが大きかったみたいだ。


それにフェンリルの暴走。


負傷は僕の……ある意味、暴走によるものだろうが……


「サヤサ、説明してくれないか?」

「え? いいんですか?」


なぜ、そんなに嬉しそうなんだ?


僕が頷くと、サヤサが前に出てきてマギーを押しのけた。


「ちょっと!」


マギーの嫌がる態度をなだめつつ、サヤサの話を聞くことにした。


「あの子達、すごい力を発揮したんですよ。なんていうか……覚醒? っていうんですかね?」


全然分からない。


魔獣の世界ではそんな事が起きるのだろうか?


「とにかく、すごい力で!!」


すごい力か……。


「じゃあ、フェンリルの強さは一気に増したということだな。それは……恐ろしいな」


悪くない話だ。


戦力が増せば、今後のラエルビズへの牽制という意味では役に立つ。


「それが残念ながら、元に戻ってしまって……私も色々と試してみたんですけど、あの時の一度きりだったみたいで」


それはどう言う意味なんだろう?


まるで僕の暴走と連動しているようにも見えるが……そんな訳はないだろう。


魔獣の存在を知ったのも、つい最近のことだ。


きっと、違う理由が潜んでいるのだろう……。


「サヤサ、ありがとう。君とフェンリル達のおかげで、窮地を脱したのは事実だ。本当に感謝しているよ」

「ほえ〜。ご主人様に感謝されてしまいました」


ん? サヤサはどうしたんだ?


「最近、サヤサの様子が変なのよね」


いや、前から変だと思うけど……とは口が裂けても言えない。


今回の一番の功労者とも言えるんだ。


なにも見返りを与えることも……


見返り?


「マギー。そういえば、ラエルビズは撤退したって言ったんだよね?」

「ええ。凄かったわよ。あんな惨めな撤退は初めて見たわ。よっぽど、怖かったんでしょうね」


それは僕が、という意味だろうか?


あまり嬉しくはないが……


ちょっと、思いついたことがある。


「賠償金をふんだくってやろう」

「え? 今、なんて言ったの?」


今回の一件で、損をしたのは僕達だ。


だが、それ以上に損をしているのはラエルビズ本人だろう。


なにせ、僕を殺せるという目算のもとで立てた計画だったんだろう。


だけど、僕は生きている。


これを王都で糾弾すれば、奴の計画は全て終わりだ……


それも悪くはない……


だが、領地経営をする上では金が必要だ。


ラエルビズを潰しても、旨味は乏しい。


だったら……奴を利用するのもいいかもしれない。


「ロッシュ。随分と悪い顔になったわね」

「そうか? こんな怪我をさせられたんだ。奴にも痛い思いをしてもらわないとね」


「ふふっ。素敵な旦那様を持って、私は幸せよ」


……僕の体が癒えたのは、それからしばらく経ってからだった。


「シェラ。君の薬のおかげだよ」

「気にしなくていい。元気ももらえたから」


僕が目を覚まさない間はマギーとシェラが交代で看病をしてくれていたみたいだ。


シェラはそれと合わせて、薬も作っていたから、まさに不眠不休だったみたいだ。


本当に感謝してもしきれないな。


でも……


「どうして、口移しで薬を飲ませようとするんだ!」

「イルス、薬飲めない。これが一番」


なんだって、マギーの目の前でするんだ。


これじゃあ、マギーが……。


「マギー?」

「どうしたの?」


どうしたのって……。



君こそ、どうしてしまったんだ?


こんな光景を見たら、いつも張り合うように……


「治療目的なんだから、いちいち目くじらなんて立てないわよ。私は妻。シェラは所詮は看護師。立場が違うわ」


まぁ、マギーがそれでいいなら……


いや、僕が良くない!!


マギーの前で他の女性と口づけする姿なんて見せられないんだ!!


「シェラ。僕は自分で薬を飲める。もうやらないでくれ」

「残念。元気もらえなくなる」


どうも分からない。


元気ってなんだ?


エルフは口づけをすると元気になるのか?


まぁ、それはいいか。


「シェラ。君に頼みがあるんだ……」


いくつかの頼みごとをして、カーゾを呼んでもらった。


「おおっ! 大将、無事だったか!!」


いつの間にか、その呼び名が定着してしまったんだ?


出来れば、将軍とかのほうが嬉しんだけど……。


まるで野盗の棟梁みたいだ。


「ああ、カーゾ達には本当に助けられた。怪我人だけで済んだのは本当に良かった」

「本当に奇跡みたいなことでしたぜ。大将が一番の怪我人なくらいで。ところで、それは痛くないんですかい?」

「ああ」


僕の胸には小さな紫色のアザが出来ていた。


本当に小さな物だが、まるで蜘蛛の巣のように張り付くようなアザだ。


特に痛みがあるというわけではないが……


気持ち悪い存在だ。


「それで用とは?」

「その事だが……」


「本気ですかい!? ラエルビズに会いに行くって」


僕は決めたんだ。


これから先、ラエルビズを利用してやるって。


そのための足掛かりを作っておいく必要があるんじゃないかって。

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