第52話 奴隷商、覚醒のトリガーを引く

辺りに静けさが戻っていく。


先程まで、騒がしかった戦場が嘘のようだ。


近づいてくる馬蹄の音が妙に心地よい。


そして、僕は負けたのだと……実感した。


「ロッシュ様。お久しぶりですな。私のことは覚えておられるか?」


忘れるわけがない。


「ラエルビズ卿……」


この男からは憎しみは感じ取れない。


この戦、私怨ではないのか?


もちろん、僕には身に覚えがない。


だが、王族だった頃に恨みを買ったのかもしれないと思っていたが。


「積もる話をしたいのは山々なのですが、ここで死んでもらいます」


躊躇のない言葉。


なぜ、この男は僕の死にこだわる?


何の力もない奴隷商を殺した所で、何の利益もないはず。


それに、貴族同士の私闘は王国法によって禁じれている。


たとえ、侯爵という身分があっても、そのダメージは計り知れないはずだ。


にも拘わらず……


一体、なぜ?


という疑問しか湧いてこない。


「二つ、聞きたい。それを聞けば、大人しく言うことを聞く」

「ロッシュ!! ダメよ!!」


マギー……


「いいんだ。ここに至れば、僕は領主としての務めを果たさなければならない。それが貴族として生まれた者の宿命だろ?」

「ロッシュ……」


僕はラエルビズ卿を睨みつける。


「まぁ、いいだろう。冥土の土産だ。何でも聞け」


僕の睨みなど、眉一つ動かせないってわけか。


「大きな狼はどうした? 後方で暴れていただろ?」

「ん? ああ。あれは穴に落とした。犬風情が戦場で暴れるなど……下劣極まりない。そう、思わぬか?」


こいつ……。


だが、さすがと言わざるを得ない。


あの、フェンリル達を無力化してしまうんだから。


「もう一つは?」

「なぜ、僕を殺そうとする。あなたに利益はないはず!」


「……それがもう一つか? 下らぬ。ロッシュ様も将ならば、部下を助けるための策を講じるべきだ。自らの素朴な疑問に貴重な質問を使うとは……愚かな男だな。貴様は」


……返す言葉もない。


僕は本当にダメな男だ。


どうして、こんな場面で思いつきもしないんだ。


「まぁいい。最後の質問だ。正直に教えてやろう。我がラエルビズ家は王家に取って代わる。そのために、お前の血が邪魔なのだ」


何を言っているんだ?


いや、分かっているはずだ。


僕は……いや、ラエルビズ家は昔から野心むき出しの家柄だ。


王家が弱まれば、必ず動き出す。


それくらいは分かっていたが……


僕の血が邪魔?


「僕を殺しても、何も変わらないぞ。奴隷商貴族なんて、何の力もないのだから」

「フッ。分かってないな。血は何よりも尊い。我が中に流れる王家の血。それがあるからこそ、私が王になるに相応しいのだ」


狂っているな。


「お前はただの反逆者だ。王になっても、誰も従わないぞ」

「ほう。そうか? ならば、私の娘が王位後継者と婚姻したら?」


……王位後継者?


まさか……


「ガトートスと!!」

「そうだ。すでに話はまとまっている。私はこれより王宮の中枢に居座る。はてさて……私に刃向かう者と私……どちらが反逆者なのだ?」


そこまで考えて……


そうなると国は大きく割れる。


ラエルビズとガトートス。


それに反する一派。


だが、反する一派も旗頭が必要だ。


そうでなければ、大義名分が立たず、反逆者の汚名を着せられる。


……負けは必須だ。


重要なのは王家の血……という訳か。


「王が黙っていないぞ!」

「バカを言え。王など姿を見たものはいないわ」


こいつ……まさか、王に手を……


「もう質問は終わりだ。さて、心苦しいが我が覇道のために、死んでもらおうか」

「ふ……ふざけるな!!」


こいつはただの私欲で王国を破壊しようとしている。


今まで出会った貴族……オーレック、デリンズ、ドークは皆、国を想う男たちだった。


だが、こいつは違う。


ガトートスのようなクズを巻き込み、自らが王になろうとしている最低なやつだ。


しかも……父上……さぞかし、無念であっただろう。


「吠えた所で無駄だ。お前はここで死ぬ。血の一滴も残さぬ」


怒りが体を支配する。


殺す!


こいつだけは殺す!!


剣を握り、ラエルビズに刃を向ける。


「くっ……だが、甘い」

「死ねぇ!」


信じられない力が湧いてきていた。


だが、一歩のところで全てが弾かれる。


全身全霊の一撃。


これで終わりだ……。


馬上のラエルビズの頭上から剣を振り下ろす。


パキン……


目の前で砕け散る剣がゆっくりと動いているの見えた。


次の瞬間、ラエルビズから拳が飛んできて、いとも簡単に吹き飛ばされる。


「なかなか、よい剣筋だった。だが、一歩足りなかったな。まぁ、将としての気概は見せてもらった。お前の部下は苦しまずに殺してやる。感謝するのだな」


許せない。


こいつだけは許すものか。


僕は初めて、この剣を握った。


初代様、どうか僕に力を……


ブラッドソードを鞘から抜き払った。


「その剣は……なぜ、おまえが?」

「お前を殺すためだ!」


ブラッドソードはおもちゃのような剣だ。


軽く、すぐに壊れてしまいそうな剣。


だが……


剣から禍々しいオーラが僕を包み込み始める。


憎しみが僕を支配する。


そして、僕は見てしまった。


「初代……様」


目の前で初代様が大軍を前に一人で立ちはだかる光景を。


そして、握ったブラッドソードを横一閃に振るった。


……僕も。


剣を握った僕は、勝手に体が動く。


「死ね!」


横一閃……


ブラッドソードから放たれた閃光が敵陣に突き刺さる。


……血が……降り注ぐ。


閃光に当たった者たちの足と体が切り離される。


「な、なんだ!! あ、足が。私の足が……」


何を騒いでいる。


殺されようとしているのに……足の一本や二本、大したことはないだろうに。


「何をしている!! 攻撃だ!! 攻撃しろぉ!」


魔法師団が僕に魔法を浴びせる。


「なぜだ!! なぜ、死なない!」


僕の手は止まらない。


再び、振るわれるブラッドソード。


飛び散る血肉。


「ひいっ!! 退け!! 退くんだ」


遠くから聞こえる爆音。


「な、何事だ!!」

「巨大な狼だぁ!!」


「退けぇ!! 全軍、撤退だぁ!」


それだけが僕の耳に聞こえてきた最後の言葉だった。


目の前にはさっきまでいた兵たちはいなかった。


散り散りに逃げていく後ろ姿だけが見えていた。


突如襲ってくる不快感。


吐きたい……


「ぐえっ」


僕の口から出てきたのは……大量の血だった。


僕はそのまま意識を無くした……。

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