第51話 奴隷商、反攻に転ずる

ラエルビズの兵士は強くはなかった。


剣技に優れたものがいるわけではない。


優れた指揮官がいるわけもない。


ただただ数の暴力だ。


こちらが何十、何百と相手を倒しても繰り出される兵士たち。


戦いが始まって、3時間以上……


さすがに僕達も疲労の色が濃くなっていく。


赤蛇隊と青熊隊も怪我人が少しずつ増えていった。


「敵、撤退を確認」


これで何度目の撤退なんだ?


いい加減、諦めてくれないかな……。


「シェラ、疲れは大丈夫か?」

「問題ない。イルス、これを飲め」


……物凄く嫌な予感しかしない。


どうせ……


「惚れ薬違う。ただの回復薬」


……。


「どうした? 飲めないほど、疲れたか?」


シェラの動きは早かった。


僕には一瞬のことで何がなんだか分からなかった。


……どうして、僕はシェラと口を合わせているんだ?


ゆっくりとシェラの口から流れ出る液体……。


吐き出すことも許さなれない力で完全に顎を抑え込まれる。


つい、飲み込んでしまった……


シェラがゆっくりと離れていく。


「な、な、何しているのよぉ! シェラ! 貴女、一体……」

「飲めないなら飲ませる。これ、常識」


信じられない。


体から嘘のように疲れが取れていく。


それどころか、さっきよりも調子がいいくらいだ。


「だからって、キスすることないじゃない!! 私だって!!」


や、やめ……


マギーの口づけはそれは荒っぽいものだった。


蹂躙……


まさにその言葉にふさわしく、舌を滑り込ませてきて……


「マギー!! 何をするんだ!!」

「だって、シェラが……」


まったく……。


僕は今一度、マギーと口を重ねた。


「ロッシュ……」

「シェラだって悪気があったわけじゃない。許してやってくれ」

「うん」


マギーの背中越しに見たシェラは笑っていた。


舌なめずりをする姿はとても妖艶に僕の目に映っていた。


「シェラ?」

「元気もらった。また、行ってくる」


どう言う事だ?


「やれやれ、シェラにも困ったものじゃな」


だが、助かったのは事実だ。


ふいに口づけをしてしまったが、あれは治療行為だ。


気にしないほうがいいだろう。


それよりも……


「カーゴ!」

「へい」


この辺りが潮時だろう。


これ以上、この森で戦っていれば、いずれ疲弊した側に敗北をもたらす。


だったら、反転攻勢に出る。


そのチャンスは今しかない。


向こうも度重なる敗戦によって、士気は低下しているはず。


それに陣形にも乱れが生じているという報告も入っている。


「今より、攻勢に出る。皆を集め、一気に山を駆け下るんだぁ!」

「へい!!」


僕は一気に山を下った。


敵兵の姿はない。


思った以上に敵側も混乱しているのかもしれない。


無理もない。


相手はたかが百足らずの弱兵。


それがここまで粘るなど、誰が想像しただろうか。


それでも僕達が攻撃を仕掛ける機会は今以外にない。


「駆けろ!! 駆けろ!!」

「おおう!!」


僕が持っている剣は二つある。


一つは王宮から持ち出した剣だ。


苦楽を共にした……というのは大袈裟だが、幼少より持たされた剣だ。


子供の頃は重くて持てなかった。


王国の鍛冶師が作ったという一品だ。


この戦いで何人と人を斬ったが、刃こぼれ一つない。


きっと、持ちこたえてくれるはずだ。


もう一つは……


ブラッドソードだ。


血のような真っ赤な刀身は禍々しさすら感じる。


長さは一般的な剣だが、重さを感じないほど軽い。


武器と言うよりは、子供の稽古用の剣と言った感じだ。


正直、戦場で使い物になるとは思えない。


それでも僕はこの剣を腰にぶら下げる。


初代様の力を貸してもらえる……そんな気がするから。


「見えた!! マリーヌ様」

「全く、人使いが荒いのぉ」


爆風が相手敵陣深くにぶつかる。


しかも、連弾。


相手からも魔法が飛んでくるが、どれもが見当外れの場所に当たる。


「今だぁ!!」


相手が態勢を立て直す前に一気に攻める。


マリーヌ様をちらっと見る。


もう、元の姿だ。


魔法はもう当てには出来ない。


僕達はラエルビズ本隊の最右翼に激突していった。


ここを突破することが最短でイルス領に向かえる。


「者共! 踏ん張れ!」

「おおう!!」


赤蛇隊は絡みつくように相手に取り付き、一人ずつ殺していく。


まさに当たるものを尽く殺しているようだ。


青熊隊は……


「なんだ、あれは……」


大きな体をしているのが特徴の青熊隊。


その者たちの体が更に大きくなっている。


繰り出される拳で三人は軽く吹き飛ばしている……


なんて力なんだ。


だが、僕はショックを隠せないでいた。


「鎧が全て吹き飛んでしまっている、だと」


青熊隊は全員、上半身が裸だ。


せっかく、子爵領で調達した最新の鎧だったのに……


「くそっ! 絶対に弁償させてやるぅ!!」


愛剣で手当たり次第、敵を切り伏せていく。


相手は……


「新手、来ます」


そう易易と突破はさせてくれないか。


「皆!! 新手が来るぞぉ!! 青熊隊、当たってくれぇ!!」

「おおう!!」


90人足らずの青熊隊が千を越す相手にぶつかっていく。


なんとか一進一退だが……


「イルス様! さらに後続がやってきます」


くそっ!!


やっぱり、無理があったのか。


このままでは包囲されてしまう。


どうする……。


「イルス様!! 赤蛇隊、苦戦しております。ご命令を!!」


一旦、集めるか?


いや、それをやれば……


「撤退だ!! 元来た道に戻るんだ!!」


混戦の中、誰にも僕の言葉は耳に届かない。


このままでは全滅してしまう……


その時だった……


敵陣後方……


大きな悲鳴と共に、人が高く飛び上がっていた。


……来たか!!


「皆のもの、突撃だぁ!!」

「おおう!!」


サヤサ率いるフェンリル達が大きく迂回路を使って、相手の後方を攻め込み始めたのだ。


「この機会を捨てるなぁ!!」


僕はあらん限りの声を張り上げ、一団となった仲間たちと正面にぶつかっていた。


これなら逃げ切れる……


そう確信したとき……


僕達は吹き飛ばされていた……。


「何が……起きたんだ?」


敵隊をかき分け、やってきたのは……最強最悪と名高い魔法師団。


それと敵将……ラエルビズ卿だった。

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