第50話 奴隷商、魔女の本当の姿を見つめる

ここに残ったは僕とマギー。


それにシェラとマリーヌ様だ。


もちろん、ヨル達もいるのだが姿を消している。


「あたいらは、常に側にいます」


どこからともなく聞こえてくる声がちょっと不気味だった。


ダークエルフは不可視という魔法が使えるらしい。


もっとも触れば分かるし、埃が舞う中で行動すれば、すぐに分かる。


その程度のものだが……


「この柔らかいものは……」

「胸を揉むとは……さすがは童貞を捨てた方は大胆ですね」


別に揉むつもりはなかったんだけど……。


それはともかく……


「マリーヌ様には毒の制作をお願いします。いつものように……」

「無理じゃな。ほれ。道具が壊れてしもうたから」


……馬車の荷台がぐちゃぐちゃになっている。


でも、シェラはちゃんと薬を……


「備蓄、終わり。もう作れない」


なんてことだ。


薬がもう手に入らないのか?


収入源が……


いや、今はそれを考えている場合ではない。


「マリーヌ様は戦闘に参加されるのですか?」

「まぁ、気乗りはせぬが、お主が死ぬのはちと目覚めが悪いからの。戦うのは吝かではないのぉ」


マリーヌ様はたしか、風魔法が使えたはず。


風魔法か……


「ちなみに風魔法はどれくらい使えますか?」

「なんじゃ。妾に頼りたいのかの? だったら、それなりの態度を示してもらわねばの」


面倒な人だ。こんな時に……


「これで……いいですか?」

「よいよい。ちょうど、椅子が欲しかったんじゃ」


急に座れと言われた時は、どうするつもりだと思ったが……


まさか椅子にされるとは……


まあ、所詮は子供体型。


大した重さでは……


「お、重い……どうして」

「女子に向かって、重いとは何事じゃ。一人の女の重さじゃ。耐えてみせよ」


……これは一体、何の時間だ?


なぜ、森の中で子供に座られているんだ?


「のう、お主。この戦はなんじゃ? 何故、戦をする?」


なんだ?


一体、何の話だ?


「今はそんな話をしている場合じゃ……」

「たわけが! これは野盗同士の戦いではないのじゃぞ。国同士の戦いじゃ。相手が何を考え、どう行動しているかを常に考えねばならぬ。お主にはそれが抜けておる」


……確かにその通りだ。


ただ、戦えばいいという訳ではない。


特に相手より圧倒的に劣勢な状況だ。


完膚なきまでに相手を叩き潰す力があれば別だが、生き残るためには戦う以外の方法も模索しなければならない。


それを考える材料が……


「どうじゃ? 何か、閃いたかの?」

「分かりません。しかし……」


「それでよい。妾に話す必要はない。よいか? 窮地こそ、視点を変えるのじゃ。それが出来てこそ、王者の風格が備わるんじゃぞ」


この人は何者なんだ?


だが、一点突破だけが戦ではないことが分かってきたつもりだ。


「……そろそろ、どいてくれませんか」

「ふむ。じゃあ、妾も野盗共の手伝いをしてくるかの。妾を敵に回したことを後悔させてくれるわ」


ありがとう、マリーヌ様。


「シェラ。森の状況を見てきて欲しい」


シェラほど、森で動ける人はいない。


しかも、相手に悟られること無く。


フェンリルとの戦いを見て、彼女の身体能力……


特に森での力は相当なものだ。


「承知。攻撃はしてもいいか?」

「もちろんだ。できるだけ、指揮官を狙ってくれ」

「うん。行ってくる」


これで僕とマギーだけとなった。


「ねぇ、これからどうなるのかしら?」

「分からない。だけど、僕は絶対に勝つよ。君を失いたくないからね」


戦場は一気に緊張感が増していく。


突然の風が戦闘を開始した合図となったのだ。


遠くから聞こえる声で両者がぶつかったことを意味していた。


「マギー。僕達も行こう」

「ええ。ロッシュのことは私が守るわ」


本当に頼もしい妻だ。


僕はマギーの手を握り、前方に展開している味方の応援に向かった。


……たった、五分。


それくらいの時間だったと思う。


「カーゴ。ここで何をしている!?」

「それが……敵は撤退しましたぜ」


なに?


そんなバカな話があるか。


始まって間もないと言うのに。


「ただの陽動だったのか?」

「いえ、それが……大打撃を与えての、撤退ですぜ」


意味が分からない。


どうして、そうなる?


「それは……あちらのお方に聞いてくだせえ」

「妾を呼んだかの?」


……えっと、どちらさまで?


そこには長身の美女が立っていた。


黒い服を身にまとい、目が赤く輝く。


「なんじゃ。妾に見惚れてしまったのかの? 無理もない。ほれ! ほれ! 妾に触ってもよいのじゃぞ」


この話し方……


このうざったさ……


この面倒臭さ……


間違いない。


「マリーヌ様なのか?」

「そうじゃ。この体でなければ、長時間の魔法は無理なんじゃ」


そう言っているうちに、マリーヌ様は元の姿に戻ってしまった。


……ちょっと……


「なんじゃ、その残念そうな顔は! 妾とて呪いがなければ、この体ではないわい!」


ああ、奴隷紋の呪いか……。


あそこまで体を変化させることが出来るのか。


あの破壊力のある胸は相当なものだったな。


「ロッシュ?」

「あ? ああ。とりあえず、初戦は勝った。だが、相手はもっと兵を割いてくるはずだ。気を引き締めるんだぞ」


赤蛇隊も青熊隊もほぼ無傷だ。


この調子ならば……


「マリーヌ様。引き続き、お願いします!!」

「無理じゃな」


……え?


「なんじゃ? また、あの体を見たいのかの?」


何言ってんだ?


「そうじゃなくて、無理ってどういう事ですか?」

「言葉の通りじゃ。魔法は使えん。時間が必要なんじゃ。それともこの貧弱な体で戦えというのかの?」


……この人は使える人なのかどうかの判断に困る。


「分かりました。僕の側から離れないで下さい」

「分かっておる。邪魔はせぬ」


だと、いいんだけど。


「ほれ。言っている側から、また来おったぞ」


早いな。


流石はラエルビズ家と言ったところか。


相手に休む暇すら与えない。


「カーゴ。再び、頼むぞ。今回はマリーヌ様の援護なしだ」

「端からそのつもりですぜ。野郎ども、やってやろうぜぇ!」

「おおおおっ!」


カーゴ達はすかさず森の中に散開していった。


僕達は……。


目の前の敵を斬る!!

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