第35話 奴隷商、名将を追い詰める

ドーク子爵率いる兵1000人。


それが目の前に展開して、こちらを威嚇している。


いや、相手はただそこにいるだけ……


恐怖を感じているのは僕の方だ。


「ロッシュ様。実力をお見せ下さい。もちろん、身命をかけてもらいます」


なぜ、こうなっているんだ?


「ドーク卿。これはどういうつもりだ? これは明らかに王国法に反している。貴族同士の戦闘は禁じられているのですよ!!」

「ええ。ですが、奴隷商貴族が貴族だと誰が認めるでしょうか? いなくなったところで、誰が私を糾弾するでしょうか? それがお分かりですか?」


一瞬、デリンズ侯爵が頭に浮かんだ。


あの人ならば……と思うが、王宮から冷たい視線を浴びるくらいなら口を閉ざすかも知れない。


正しい政治のためには何でも犠牲にする人だ。


だとしたら、ドーク子爵の言う通り、誰も僕の命が散っても文句は言わないだろう。


「そうか。ならば、これだけは答えてもらう。なぜだ?」

「正直にいいましょう……私はロッシュ様が好きでした」


は?


男のドーク子爵が?


いやいや、違う。


きっと、違う。


「いや、愛していると言ってもいい」


やばい!


この人、ヤバイ人だ!


目が怖い。


まるで蛇に睨まれたカエルのように体が硬直する。


「私はロッシュ様が奴隷商貴族という地位に落ちてしまって、考えてしまった……。今なら、私のものになるのでは……ぶへっ!」


ドーク子爵が馬上から吹き飛んでしまった。


「な、なにをするんだ!」

「何じゃないわよ! 気持ち悪いことを言っているから、腹が立ったのよ」


おお、マギー。


ますます暴力性に磨きがかかって……


いや、なんというか……僕も続きを聞きたくなかったから……


よくやった!!


「ふん! 女か……まぁいいだろう。ロッシュ様の周りにたかるハエ共がいるのは気に食わぬが……ぶへっ」


またか……。


「私は護衛です。ハエなんかではありません!」


サヤサは護衛という言葉にこだわりを持ち過ぎではないだろうか?


だが、さすがだな。ドーク子爵。


剣術指南役は伊達ではない。


怪力自慢の二人の攻撃を受けて、まだ余裕を見せるとは……


「ふっ。暴れ馬も飼っていらっしゃるようだな。だが、守れるのは私しかいない! そうで……」


えっと……


シェラ……矢を放たないでくれるかな?


僕のこめかみ擦れ擦れに飛んで、ちょっと怖かったんだけど。


ドーク子爵なんて、肩の鎧の一部が壊れちゃったじゃないか。


「うるさい。死ね」


シェラが怒っている?


えっと……こうなるとマリーヌ様は……


毒作っているよ。


また、毒かよ。


とりあえず、早く話を終わらせたほうがいいな。


死人が多く出る前に。


「ドーク子爵!!」

「な、なんだ!?」


すっかり動揺してしまって……可哀想に。


「それで? なぜ、僕を? 手短にお願いします」


長引けば、また仲間が動きかねないからな。


「私の物にならなければ、一層、壊してしまおう……そう思ったんだ!!」


……なんて、人騒がせな。


そんな下らない理由で軍を動かしたのか?


みんなはそれで納得しているのか?


「ドーク子爵はさすがは男の中の男」

「あんな女に引けを取るはずがない」

「なぜ、奴隷商は子爵の気持ちがわからないんだ?」

「奴隷商はクソみたいなやつだからな」


最後、ただの悪口だよな?


というか、こいつら頭どうかしているんじゃないか?


ドーク子爵に完全に同調している。


というか、それを拒んでいる僕が悪役みたいだ。


「……僕は、ドーク子爵を尊敬していました。可憐な剣さばきは王国随一といってもいい。それを教えてもらったのは僕の宝です」

「そうか……じゃあ、ロッシュ様は私を受け入れてくれる……そういう……ん?」


僕はあまりにも気持ち悪いことを言われたので、つい殴ったが、簡単に手で止められてしまった。


「なんて、柔らかい手なのだ。ずっと触っていたい……」


背筋が凍りつき、なんとか手を離そうとするが、びくともしない。


「離せ!! 離してくれ」


「ぶへっ!」

「いつまで握っているのよ。気持ち悪い!!」


マギー、助かったよ。


「……」

「ドーク子爵?」


「やはり、ロッシュ様を亡き者にするしかない……全軍、とつげぇき!! 狙うはロッシュ様の首ぞ!!」

「おう!!!!!」


こんなことで僕はここで命を散らすのか?


嫌だ!! 


男に言い寄られて、断った挙句、殺されるなんて!


まだ、奴隷商だとバカにされて殺されたほうが何倍もマシだ!!


「マリーヌ様!! やっちゃってください!!」


今こそ、その毒を解き放つのです!


「ダメじゃ。あともうちょっとで材料が尽きてしもうた。すまんな」


すまんな、じゃなぁい!!


相手は千人だぞ。


しかも、ドーク子爵率いる精強な軍隊だぞ。


こんなの相手に……。


「てめぇら!! 旦那をお守りしろぉ! カーゾ隊の実力を見せつけてやれぇ!!」

「おう!!!」


カーゾ率いる50人が一斉に千人の精鋭に突っ込むような形で攻め込んでいった。


ダメだ……それでは。


二十倍の兵力差を正面突破で覆すのは不可能だ。


せめて、遠距離武器での牽制……意表を突く奇襲……


武器の優位性も重要だ。


だが、どれも相手に劣っている。


これではカーゾ隊は……


「ロッシュ? 大丈夫? 今、シェラに頼んで手を消毒できる薬を作ってもらっているから」

「え? えっと、ありがとう? じゃなくて、こうなったのは僕が原因だ。奴らだけを犠牲にはできない!!」


こうなったら、僕も向かう!


一人でも多く……。


「それは要らないんじゃないかしら? だって、ほら……」


うそ、だろ?


カーゾ隊がドーク軍を追い詰めている、だと?


信じられない。


あんな粗末な武器と防具。


それに圧倒的な戦力差。


にも拘わらず、なぜ……。


「顔、かしら? 相手はドークたちを見ただけで戦意喪失していたみたいだし」


どういう……。


何はともあれ……


「ドーク卿。勝敗は決しました。降伏して下さい」

「くっ……あんな隠し玉をもっていたとは……私の負けだ」


この釈然としない気持ちは何なんだろうか……


勝ちには勝ったが、何かに敗北した気分が拭いきれない。


ドーク子爵はすぐに兵を引き上げた。


幸い、戦闘らしいものはなかったので、怪我人はいない。


「カーゾ。よくやった」

「いや、あっしらは何も……相手が勝手に……」


もう、何も言わなくてもいい。


いいんだ……僕達は生き残った。


それで十分だ。


兵がいなくなり、ドーク一人が戦場に残された。


「さあ、勝者には生殺与奪が与えられる。さあ、私を如何様にもするがいい!!」


なぜ、鎧を脱ぎだしているのか分からないが、見ないにしよう。


「僕の味方になってほしい。ドーク卿の人柄にはショックを受けたが、名将の一族。助けてくれるとありがたい」

「ははっ!! たとえ、王国が敵になろうとも、我が命……我が体! ロッシュ様に捧げたく思います」


気持ち悪いやつだな。


まぁいいか。


「じゃあ、早速……今の戦いによる損失を弁償してもらおうかな」


また、領地経営のお金が手に入りそうです。

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