第34話 奴隷商、名将に喧嘩を売られる

ドーク子爵領の領都ヨークが見えてきた。


さすがは軍閥の名門だ。


まるで要塞のような街並みが少しずつ姿を現す。


「初めて見るが、凄く街並みだな」

「へい。一つの山を城のように改良してやすから。大軍で押し寄せても、攻略が難しいですぜ」


意外だな。


カーゾは本当に野盗なのか?


攻城についての造詣が深いと見える。


「カーゾはどこかで仕官をしていたのか?」

「え? ええ、まぁ」


あまり話したくはなさそうだな。


奴隷である以上は無理やり聞くことも出来るが……


「そうか。いつか、その力を使わせてもらうぞ」

「へい!」


それにしても、ドーク子爵は野盗を襲ってきてから、一切の動きを見せてこない。


僕の命を狙っていると言うなら、後続の部隊がやってきてもいいものだが……


「サヤサ。異変はないか?」

「今は何も……でも、お腹空きました」


そういえば、そろそろ食事の時間か。


「カーゾ。食事の準備を頼む」

「へい」


「サヤサも手伝ってやってくれ」

「分かりました」


……それにしてもカーゾ達の加入でかなり楽になった。


今は食事のときにしか感じないが、それでも彼らの手際の良さを見れば……。


他のことをやらせてもいい仕事をしてくれそうだ。


シェラはずっと薬草を作ってもらっている。


マリーヌ様は……よく分からないことをやっている。


拘わらないほうがいいだろう。


マギーは……


「何をしているんだい?」

「私って役に立っているかしら?」


何を言っているんだ?


「皆、役割を持っているわ。私だけ、何も出来ない。これでいいのかしら?」


たしかにシェラは薬草を作り、僕達の重要な収入源となっている。


サヤサは護衛を自称し、それらしい事をしている。


マリーヌ様は……思いつきの毒が意外と役に立っている。


マギーは……


「カーゾ達を仲間に取り込んでくれたじゃないか。今は金食い虫だけど、領地経営を考えると必要な人材だよ」


「それは偶々よ。やっぱり、何か私も……でも、何が出来るのかしら? 私って……」


マギーはかなりの怪力だ。


それは多分、揺るぎない事実だ。


でも、本人はそれを認めようとしない。


というよりも否定すらしている。


力が強いというのは使い道が多い。


それが使えないとなると……


「マギーは土魔法が使えるよね? それを伸ばしてみるといいんじゃないか?」

「土魔法……」


マギーはさりげなく、その辺りの大きな石に魔法を放つ。


マギーにとっては本当に適当にやったつもりだった……と思う。


「マギー、何をやったんだ?」

「えっ? 別に……学園の時みたいに、土魔法を使っただけ……よね?」


僕が知るわけがない。


だが、一つだけ分かる。


マギーの土魔法は学園のときに比べて、大きく成長しているということだ。


「それは金……だよね?」

「そうみたいね。ちょっとしかないけど」


土魔法はその言葉の通り、土に働きかける魔法だ。


戦闘では主に土壁生成による防御結界が主な使い方だ。


もちろん石を飛ばすと言った攻撃も可能だが、それは風魔法との複合で使う高等魔法だ。


だが、土魔法が活躍するのは建築や鉱山発掘の現場でだ。


まさにマギーがやったように、金属の分離をすることが出来るのだ。


といっても、相当な熟練度がなければ出来ない。


鉱物への理解と高度な魔法操作……そして、大量の魔力だ。


それをマギーはいとも簡単にやったように見えた。


「その金……売ろうか?」

「でも、ほんの少しだし……そもそも、採ってもいいのかしら?」


それはなんともいえないな。


王国法的には・・…まぁ、いいか。


どちらにしろ領主の許可は絶対に必要だ。


採掘しても、利益の割合を決めなくてはならない。


「今は止めておこう。こんなことで子爵の機嫌を損ないたくないし」

「そうね……でも、ありがとう。私、これでなんとかやってみるわ。ロッシュの役に立ちたいもの」


マギー……本当に素敵な女性だ。


……ちょっと待て。


僕は?


僕は何の役に立っているのだろうか?


考えてみれば、王族という地位がなくなったら僕に残るものって……


魔法は……正直、センスがあるとは思えない。


剣は……一応、王宮剣術を習ってはいたが、上には上がいる。


じゃあ、統治は……全くの経験不足だ。


僕自身が一番、役立たずだ。


「僕は……無能だ」

「いいじゃない。皆はロッシュのために働いてくれているわ。それが貴方の魅力でしょ?」


魅力?


僕にそんなものがあるとは思えない。


王族でもないし、奴隷商だし……


「そうなのかな?」

「そうよ。ロッシュに足りないものは皆が補ってくれるわ。だから……」


僕が全部をやれる必要はない、と言われた。


王族として生きてきた僕には意外な言葉だ。


王族は何でもやれなければならないと教育させられる。


それが人の上に立つ存在なのだと……。


でも、それが間違っているのだろうか?


分からない。


答えはこれから出てくるのだろう……


僕が奴隷商として……イルス領の領主として、どこまでやれるのか……


「マギー。ずっと僕と一緒にいてくれるだろ?」

「もちろんよ。きっとシェラ達も思ってくれているんじゃないかしら?」


それは分からない。


シェラはイルス領に連れて行くまでが約束だ。


サヤサはよく分からない。


マリーヌ様はもっと分からない。


でも、マギーだけでも一緒にいてくれれば、僕は何でも出来る気がする。


「…・・・マギー……」

「ロッシュ……」


二人に甘い雰囲気が流れる。


「ご主人様!! 誰か、来ます!」


全く、こんなときに……。


誰が……。


「ご無沙汰しております。ロッシュ様」


……まさか、ここでお会いするとは……。


「ドーク卿……」


まさに軍人の代表のような存在。


馬上にいる姿はまさに軍神のような荒々しさがにじみ出ている。


そのくせ、冷静に状況を判断しているようだ。


ドーク卿がちらっとカーゾを見たのを見逃さない。


「ドーク卿、ひとつお聞きしても?」

「なんなりと」


「僕を狙うのは何故ですか?」

「……何故、そのようなことを?」


惚けてはいるが、否定はしないんだな。


「僕を襲ってきた野盗から聞いた話です。その真偽を聞きたいのです」

「ほう……ならば、お答えしましょう。事実です。私がロッシュ様を殺すように指示をしました」


やっぱり……


でも、何故なんだ。


僕は剣術の師匠として、ドーク子爵を尊敬していた。


ドーク子爵も僕に対しては敵意を持つような理由はないはずだ。


もしかして……


子爵の背後にはガトートスが?


「ロッシュ様。今、一度……私と戦ってもらおうか」


何を言っているんだ?


彼の後ろには土煙と共に軍隊がこちらにやって来るの見えたのだった……。

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