第32話 奴隷商、野盗に追いかけられる

忠臣の意見には耳を傾けなければならない……。


王子であった僕は、そんな言葉を習った。


上に立つ者……それは当たり前の話ではないかと、鼻で笑っていた。


だが、実際はどうだろう。


森の小道を馬車で走るのが嫌だ。


そんな理由で僕は街道に引き返した。


街道に野盗がいるわけがない……そんな先入観で。


「ご主人様。もう逃げられません。囲まれました」


出来れば戦いたくなかった。


逃げ切れると思っていたが、相手も手練のようだ。


動きを先読みし、逃げ道をうまく塞いでいく。


まさに絶体絶命の状況だった。


相手は屈強な戦士。


一方で、戦闘があまり得意ではない僕と女性4人……。


命を掛けて、戦わなければならない……はずだった。


しかし、僕の目の前で彼らは平伏していた……。


……どこで判断を誤ったんだ。


ほんの少し前……


横でうっとりとした瞳で僕を見つめる女性がいた。


「マギー?」

「ロッシュ、大好き」


……この症状は……


「マリーヌ様! こんな時に、またやりやがったな!!」

「ふっ」


何笑っているんだ。


「成功じゃな」


どう言う意味だ?


これは女性にしか効かないんじゃ……。


男どもが僕目掛けて、襲い掛かってくる。


手には武器を……ではなく、両手を広げてやってくるのだ。


くそっ……逃げるしかないか。


「あっしを抱いてくだせぇ!」

「オレが先だぁ」


意味が分からない。


どうして、男に追いかけられているんだ?


くそっ。


マギーが全く離れないせいで、うまく走れない。


振りほどくか?


だが、後ろから追いかけてくる男どもの近くにも寄らせたくない。


一体どうすればいいんだ!?


「マリーヌ様。一体、何したんだぁ!!!!」

「……!!」


マリーヌ様は何を言っているんだ?


何か打開策でも?


「惚れ薬の改良版じゃぁ! すごいじゃろぉ?」


聞くんじゃなかったぁぁ!!


「マギー! 早く目を覚まして……マギー?」


マギーの様子が可怪しい。


僕から離れて、距離を取り出した。


薬の効果が切れたのか?


「マギー?」


ダメだ。


僕の前に立ちはだかるマギーに男どもが両手を広げて殺到しようとしていた。


このままではマギーに汚い男どもの手が触れてしまう。


それだけはなんとか防がなければ……


たとえ、僕の体がどうなろうとも……


「ロッシュに触ろうとしてんじゃねぇよ!! この糞豚野郎どもがぁ!!」


マギー?


君は一体何を言って……


そんな汚い言葉をどこで覚えたんだい?


「旦那ぁ」

「あっしを……」


「うるせぇって言ってんだろ!!」


ああ……マギーが……僕のマギーが……


迫りくる悪漢達をマギーが容赦なく殴りつけていく。


一撃が重いのか、悪漢は数メートル先に飛んでいく。


それでも不死のアンデットのように立ち上がり、また襲い掛かってくる。


マギーの拳には魔力が宿っているように光り輝いていた。


その拳から繰り出されるパンチは徐々に威力を増していった。


「マ、マギー?」

「へ? ロッシュ? 私、何を……?」


振り返る彼女は……血化粧を施した……まるで学園の時のマギーだった。


恐怖を感じ、一歩、引き下がってしまった。


「ロッシュ?」

「えっと……大丈夫か?」


「どうして、逃げ腰なの?」

「ま、まさか。そんな訳がないだろ? ぼ、僕はいつだって君のそばにいるよ」


べちゃっと音をさせて、僕とマギーの服が密着する。


「嬉しい!!」

「あ、ああ」


マギーに抱きつかれるのは嬉しいが、鼻に血の臭いがつく。


……そして、僕は彼女の肩越しに見てしまった。


「奴ら、不死身なのか?」


あれだけの攻撃を食らっておきながら、まだ立ち上がるとは……


だが、悪漢たちの様子はさっきとはまるで違った。


大きく両手を広げていたのが、肩を落とし、トボトボと歩く姿に変わっていた。


そして、僕達を囲むように立ちはだかるや、平伏をしだした。


「姉さん!! オレ達をお供に加えてくれ!!」

「俺達を仲間に加えてくれ!!」

「オレをもっと殴ってくれぇ!」


最後は何か違うような……


いや、そうではない。


これは……。


臣従の儀式だ。


初めて見た。


あの悪漢共がマギーを主人と認めたのだ。


男ならば、これを一度はやってもらいたいと思うのだが……


マギーは……。


「お前たち、名は何と言うの?」

「へい。カーゾ団、団長のカーゾと申します。姉さん」


……僕はマギーを見誤っていた。


か弱く、可憐な彼女はそこにはいなかった。


強く、何にも屈しない一本の木……そこの大輪の花のようだった。


「カーゾか。襲ってきた理由は?」

「へい。あっしらはこの辺りを根城にしている山賊でさ。そんな、あっしらも足を洗いてぇ……そう思ってやした」


……ふむ。


確かに悪人面をしているが、目は澄んでいるようだ。


「あっしらは金品は奪っても、人は殺さねぇ。それが挟持でした。だが、ある方に頼まれたでさぁ。あんたを殺せば、あっしらを真っ当な暮らしに戻してくれるって」


僕を殺す?


そんなことを頼むやつは一人しかいない。


ガトートス……


だが、少々腑に落ちない。


あいつにそんな力があるだろうか?


ここはドース子爵の勢力圏と言ってもいい。


そんな場所の野盗に接触なんて芸当が出来るのだろうか?


だとすれば、僕はアイツの評価を変えなければならないな……


「そう。それで? ある方って何者なの?」

「そりゃあ、この辺りである方っていうのは……子爵様ですわ」


なん、だって?


師匠が?


どうして、僕の命を狙うんだ?


「嘘を言わないで! 子爵がロッシュを襲うように指示を出すわけがないわ!!」

「そう言われましても……子爵様自ら、頼みに来たんですぜ?」


この男は嘘を言っているようには見えない。


むしろ、僕達がおかしな事を言っているような口ぶりだ。


「君たちはこれで全員なのか? まだ、襲撃者がいるのか?」

「……」


どうして、答えてくれないんだ?


「あっしは姉さんだから話しているんですぜ。奴隷商ごときに話すことなんてないぜ」


……またか。


こうなったら、マギーに……。


「舐めた口を叩かないでくれる?」


そう言うやいなや、マギーが信じられない行動に走った。


胸元をさらけ出したのだ。


この悪漢共たちの前で。


「見えるかしら?」


よく見えるよ……とてもキレイな……。


周りからもどよめきが走る。


そうだよな。


こんなキレイな肌を見せられれば……。


いや、違う!!


こんな奴らに見せてはダメだ!!


「そ、それは……」


ん? どうも様子が可怪しい……


悪漢共は彼女の胸……ではなく、胸元の奴隷紋に釘付けのようだ。


「これは奴隷紋よ。私の主人はロッシュ。いい? 馬鹿ども。私に従いたければ、ロッシュに証を見せなさい!!」


……マギーはどうしてしまったんだろう。


どうしてこうなったんだろう……。


僕は野盗共を奴隷とすることにしました。

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