第31話 奴隷商、野盗に襲われる
「ロッシュ。怪物を見てから、浮かない顔ね」
マギーは聞いていなかったのか?
シェラの話を。
あの怪物は遠目で見てもかなりの大きさがあった。
あんな物に攻撃でもされたなら……。
それもたくさんいるとなると……。
自信が無くなる。
「僕はこれからやっているのだろうか?」
「何、言っているのよ。ロッシュなら大丈夫よ」
……マギーは本当に変わらないんだな。
「ご主人様。この先に野盗がいます。いかがしますか?」
この北方街道に野盗だって?
信じられないな。
「何かの間違いではないのか? こんな主要な街道で……」
いるはずがない。
王国軍だって、この道を使って行軍をする。
野盗が出没すれば、直ちに討伐されてしまう。
「間違いはないと思います。どうやら、向こうはこちらに気付いているものと……」
ますます分からない。
サヤサの能力を全て知っているわけではないが……
獣人の特徴である大きな耳で、小さな音も感じることが出来る。
野盗とは言え、人間だ。
その点で獣人より先に相手を把握することは難しいはず。
そうなると……。
「相手は最初から僕達を狙っているということか?」
「多分……」
これは厄介だな。
そうなると手練である可能性が高い。
「サヤサ。野盗に遭わないようにすることは可能か?」
「引き返す以外はないかと。もしくは……」
街道から外れるが、大きな迂回路を通れば先に進める……か。
無用な争いは避けたほうがいい。
「意外ね。ロッシュなら真っ向から戦いそうなのに。デリンズ領では真っ先に戦いを選んだじゃない」
僕は最初から逃げの一択だった。
なのに、侯爵が訳の分からないことを言ったせいで……
「逃げられるなら逃げたほうがいい。いつも勝てるわけじゃない。それに……」
その戦いに背負っているものがないから。
「サヤサ。案内を頼む」
「はい。では、私に付いてきて下さい」
僕は馬の手綱をぐいっと引っ張った。
「ねぇ、ロッシュ。なんでサヤサって馬車に乗らないの?」
「なんでも、さっきの戦いで役立たずって……」
僕は後ろで薬草を擦り潰しているシェラを見る。
「シェラに言われたのが、そんなにショックだったのね」
「まぁ、そうらしいね。だけど、本当の理由は馬が苦手なだけなんじゃないかな?」
最初の頃は馬車に乗っていた。
でも、いつも吐きそうな顔をしていたんだ。
きっと酔っていたんだと思う。
酔い止めの薬はシェラに頼めば作ってもらえるだろうが……
頼みたくないんだろうな。
「そう。サヤサも大変ね」
「うん。そのうち、馬の代わりに馬車を引くって言ってきそうだな」
そんな話をしていると、森を抜ける細い小道に入ってしまった。
こんな道……大丈夫なのか?
すると、急にサヤサが止まった。
僕はなんとか馬を止めることに成功したが、一歩間違えれば、サヤサに激突していた。
「サヤサ! なんで急に……」
何か様子が可怪しい。
サヤサの耳がしきりに動き、辺りを警戒している。
「囲まれた」
「シェラ。何にだ?」
「分からない。獣ではない」
それって……。
「来ます!! 私は右を。ご主人様は左をお願いします」
いや、そんな事を言われても……。
ドスッ。
「きゃっ」
矢が馬車に突き刺さったみたいだ。
こんな木が生い茂る森で、これほど正確に射ってくるとは。
相当な手練……。
だが、こちらにも矢の名手がいる。
「シェラ!! あれ? いない」
馬車からさっきまでいたシェラが消えていた。
そうか……もう行ったか。
「お主。何を見ておるんじゃ? そこに伸びておるではないか」
……さっきの急停車で頭を打つけてしまったみたいだ。
薬草作りに夢中だったからな。
「えっと……マリーヌ様、行けます?」
「たわけが!! こんな美少女を守ろうという気概はないのか!!」
美……少女?
まぁ、あまり考えないでおこう。
とはいえ、僕も男だ。
「ロッシュ。行くの?」
「ああ。僕だって王宮剣術を習っていたんだ。賊の一人や二人倒せるさ」
ああ、そうだ。
やってやる。
「お主よ。一人、二人ではなさそうじゃぞ」
おいおいおい。
どこから湧いてきた?
十人?
いや、二十人はいる。
こっちがこんなにいるって事はサヤサの方も……。
早く、こっちを片付けないと……
だが、どうやって……
武器と言えば、剣一本だけだ。
「マギー。君は馬車の中に避難を」
「イヤよ。私も戦う」
「ダメだ!! 君をまた失いたくない」
「それは私も。ロッシュを失いたくない。それに私はオーレックよ。たかが野盗ごときに怯えるなんて許されないわ」
……。
「分かった。マリーヌ様……」
「なんじゃ? もう倒してしもうたが……」
何をバカな……。
こんな一瞬で……。
「本当だ。でも、どうやって」
物音一つ聞こえなかった。
マリーヌ様は一体、何者なんだ?
「毒じゃ」
……ん?
「毒って……いつの間に?」
「最初からじゃ。近寄ってくる者がいたからの。毒を風魔法でちょいっとな」
つまり……
矢が飛んできた直後にはすでに毒を撒き散らしていたと?
じゃあ、僕に気概だ、何だのって言ったのは何だったんだ?
「ここぞという時に立つ男が妾は好きじゃ。折角、旅を同行するんじゃ。そんな男が良かろ?」
知るか!
大体、最初から毒を使うなら言って欲しい。
僕達にも被害があった、どうするつもりだったんだ。
いや、ちょっと待て。
「サヤサ!」
サヤサが危ない!
一人でこの人数を相手にするのは、サヤサといえども苦戦するに違いない。
「僕はサヤサの助けに入る!!」
「それも心配はあるまい」
マリーヌ様はサヤサを信じているのか?
獣人としての実力を知らないから僕は不安になっているのだろうか?
しかし……彼女の細い体を想像して、大丈夫だとはとても思えない。
「やっぱり、行きます!!」
「ロッシュ!! サヤサよ」
良かった。
本当に良かった。
「サヤサ!! 大丈夫だったか!」
「へ? 何か……あったんですか?」
どういうことだ?
サヤサにとっては野盗の十人や二十人は呼吸をするように倒せるということか?
獣人というのはそこまでの戦闘力が……。
ん?
なんだろう……。
「サヤサ。何を持っているんだ?」
「えへへへ。大物ですよ」
ちょっと待て。
何かが可怪しい。
「サヤサ。なんで、単身で行ってしまったんだ?」
「なぜって……一人の方が狩りはうまくいきますから。ご主人様の方はどうでした?」
ああ、なんとなく分かった気がする。
サヤサが察知したのは獣だったんだ。
僕達を襲ってきたのは、偶々、この辺りを根城にしている山賊だったかも知れない。
街道から離れているから、可怪しいと思っていたんだ。
タイミングが良すぎるって。
やっぱり、街道には野盗はいなかったんだ。
獣か何かと勘違いしたんだろう。
「街道に戻ろう。どっちにしろ、この細道では馬車は難しいからな」
「でも、街道には野盗が……」
サヤサにも分かってもらうしかない。
街道には野盗がいないと……。
だが、僕は大きな間違いをしてしまったみたいだ。
大勢の野盗に囲まれてしまった……。
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