第29話 奴隷商、安住の地を捨てる
料理を作る話はなくなり、侯爵家屋敷で食事を摂ることになった。
しかも、全員参加だ。
一体、何の話なんだ?
今までのお礼……という訳ではなさそうだ。
「イルス卿。わざわざ来てもらって恐縮だ」
「いえ。明日の出立前に少しに時間がありましたから。お気になさらずに。それよりもこれは?」
白金貨が入った皿が目の前に置かれていた。
もしかして、追加報酬か?
とも思ったが、距離がかなり離れていて取ることは出来ない。
「うむ。実は頼み……いや、相談をしたくてな」
またか……この人のこの手の話は面倒なことしかない。
「なんでしょう? 明日出発することは変更しませんよ」
一応、牽制はしておいたほうがいいだろう。
これでどう動く……動じていない、だと?
「ふむ。それを止めるつもりはないが……どうだろう?」
……?
なんだ、この間は。
「儂のところに来ないか?」
「意味が……分かりません。私を囲う、ということですか?」
それはありえない話だと思った。
僕は奴隷商だ。
それを領内に匿うのは外聞が非常に不味い。
外道な奴隷売買を応援しているようなものだ。
「その通りだ。イルス卿には是非、我が領に滞在してもらいたい。もちろん、タダとは言わぬ。十分な報酬も約束しよう」
そうか。
そのための白金貨か。
たしかに、この量があれば、一生を楽しく過ごすことも可能だろう。
もっとも……
「私は幽閉されるのですか?」
さっきの懸念がある。
奴隷商をおおっぴらに匿うような真似は出来ない。
そうなると……隠すしかない。
「ふむ……だが、屋敷を用意しよう。この屋敷と遜色ない大きさだ。それに……メイドもつけよう。美人だ。それと……」
「ふざけないで下さい!!」
マギーが怒るか。
無理はない。
幽閉など、僕はごめんだ。
言ってやってくれ……
「美人メイドなんて不要よ。私一人で十分なんだから!!」
そこ?
そこに怒っているの?
なんか、違うよね?
「それだけ広いと実験も捗るのぉ」
マリーヌ様まで……。
「私は護衛役をお願いします!」
サヤサ、なに、就活しているんだよ。
違うだろ!!
「反対」
おおっ!! シェラか。ここに唯一の常識人がいた。
「イルスに戻る約束。反故にするの許さない。絶対に」
めちゃくちゃ怖いオーラ出しているんだけど。
僕を睨まないでくれ。
決して、賛成していないからね?
「三対一のようだな。イルス卿。これで決まりだな」
何、勝手に採決しているんだ?
いや、そもそも、僕はカウントされていないよね?
この四人に僕の人生は委ねられているのか?
「ちょっと待ってくれ。僕は……ここに残るつもりはない!!」
「だが、お仲間はここに残ることは吝かではない様子。それにほれ。白金貨は君のものだぞ」
金で人を釣るとは……なんてやつだ。
くそっ……誘惑されるな。
忘れたか。
僕は何のためにお金を集めている?
そう、イルス領に行くためだ。
そして、領地を発展させる……王都に負けないほどの。
そのために金がいる。
「ここに居ては、王宮にいるのと何も変わらないではないか!!」
王宮を追い出され、様々な経験をした。
僕が知らなければならないことは、実は王宮にはないことを知った。
奴隷商だからこそ、知ることが出来ることもあった。
貴族の本性、民草の気持ち、商人の狡猾さ……
それらを知らないで僕は王になろうとしていた。
王はまず国を知らなければならない。
国を知るというのは、民を知ること。
王宮に言われるがままの政治は間違っている。
だからこそ……僕は王になるためにも……
「僕はイルス領に行かなければならない」
デリンズ侯爵が強い理由は、領地を持っているから。
王都と遜色ないほどの経済力と軍事力。
そして多くの子飼いが高い忠誠心を持っている。
それらがデリンズ侯爵を王宮でもっと強い権力者にしているのだ。
それを僕も手に入れる。
イルス領で……。
「そうか。残念だが、イルス卿の意思は固いようだ。奴隷商はなるほど、人を売り買いする外道だ。だがな、儂らのような立場から見れば、それも変わる」
そうだろう。
商会だって、領主だって、安価な労働力はとても魅力的だろう。
それを握っているのが奴隷商貴族だけなのだ。
それを懐柔し、飼い馴らせば巨万の富を築くことも夢ではないかも知れない。
「だが、儂はそれには余り興味はない。むしろ、イルス卿には安住の地を与えたかったのだ。これからの旅路を考えると心が痛む」
……デリンズ卿。
そんなことを考えていてくれたなんて。
「ありがとうございます。ですが……領主たるもの、苦難は民草の苦労と思え」
「ほう。初代国王陛下のお言葉ですな。然様、領主は民のことを考えねばなりません。なるほど、そこまでのご意思があるならば止めるのは無粋でしょうな」
僕達は夕食を共にし、屋敷を離れることにした。
「これは餞別だ。受け取るがいい」
これは……
さっきの白金貨だ。50枚はありそうだ。
「受け取れません」
「ならば、貸しだ。それならば、良かろう? 領地経営はなにかと金がかかる。受け取っておけ」
僕は頭を下げることしか出来なかった。
「ライル。お前も渡したいものがあるのだろう?」
「はい。イルス卿。この度はお世話になりました。私も後継者としての自信が付きました」
たしかに見違えるようだ。
自信が顔にあらわれているようだ。
それに……
「その服は素晴らしいな。まぁ、貴族らしくはないが」
市民が着るような服のデザインなのだが、上品さがしっかりと残っている。
「ありがとうございます。我々も変わらなければならないと思っています。私の場合、服装からと思いまして」
いい考えだと思う。
出来れば、奴隷商への考え方も変わっていくといいが。
いや、僕が変えていかなければならないのだったな。
「それで? 僕に渡したいものとは?」
「失礼しました。すっかり話してしまって……持ってきてくれ!」
ん? 一体何が始まるんだ?
隣の部屋から大きな人形みたいなのが現れた。
その人形は美しい衣類に包まれていた。
「これは我が工場で自信の新作です。これを進呈いたします」
……そういえば、そんな約束をしていたな。
「ありがとう。有難く頂くよ」
それからマギーたちの服争奪戦が繰り広げられた。
皆、気にいる服を手に入れられたようで満足顔だが……
「マリーヌ様。どうされました? とてもお似合いですよ」
「妾だけおかしくないか? 何故、子供のような……子供みたいな格好なのだ?」
それは……子供体型だからです。とは口が裂けても言えなかった。
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【★あとがき★】
デリンズ侯爵領編は終わりです。
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