第28話 奴隷商、魔王の片鱗を見せる
デリンズ侯爵の後継者問題は解決された。
ライルは工場長として働き、後継者として力を伸ばしていくだろう。
アンドルはライルの下に付き、奴隷として一生を送ることになる。
僕は……
「これで当面……いや、領地経営の足掛かり程度の資金は貯めることが出来たな」
報酬や今までのもらったお金を合わせると……
白金貨30枚。
金貨は1000枚以上だ。
シェラが作った治療薬が結局使われなかったが、侯爵が高値で買い取るという話でまとまった。
もちろん、非公式という形にはなった。
つまり僕達はこの件に一切関与していない……その口止め料も含まれてのことだろう。
まぁ、僕としては侯爵という強い味方を得たことが何よりも大きな報酬と言える。
だが、デリンズ侯爵の王宮での地位は今はかなり怪しい。
オーレック公爵のように、いつ失脚するか分かったものではない。
なんとか、デリンズ侯爵を支えてくれる貴族を集めたいのだが……。
「ロッシュ。私達もそろそろ出発するの?」
「ああ、そうなるだろうな。マギーには色々と大変な思いをさせたな」
マギーにはデリンズ侯爵の指名もあって、色々と事務手続きをしてもらっていた。
これから旅をするための物資も買わねばならないのだが、公式上は僕達は買い物をすることが出来ない。
なんでも、店の者を屋敷に呼び出し、買い物をするのだ。
その猥雑な仕事をマギーは一人でやってくれた。
「いいの。今の私にはそれくらいしか出来ないから」
「とても助かっているよ。サヤサには荷物を馬車に運び入れるように言ったのかな?」
「もちろん!」
これで明日にでも出発は出来るだろう。
王都を出発してから最初の街で思った以上に滞在してしまったな。
「シェラも薬草の材料は仕入れられたか?」
「抜かりはない。この辺りに自生している薬草も採取済み」
……勝手に取っていいのだろうか?
「大丈夫よ。ちゃんと許可は取ってあるから」
なんか凄いぞ。
マギーが優秀な秘書のような仕事をしている。
あのマギーが……
「それで最後の日は何をするつもりなの?」
特に考えはなかった。
ずっと動き回っていたから、ゆっくり過ごすのもいいかも知れない。
明日からは再び馬車暮らしが始まるのだから。
「だったら、この街で一番のレストランに行きましょうよ」
「奴隷商が入ってもいいのかな?」
沈黙が流れた……
「ダメ、かも?」
奴隷商はこういうときが本当に不便だ。
顔と肩に刻まれた印がどんなに細工をしても隠すことができない。
前にマリーヌ様に聞いた。
「これを隠す方法はないのですか?」
「なんじゃ。折角の男前の顔に泥でも塗るつもりか?」
……一体何の話をしているんだ?
この人は、印がかっこいい何かだとでも思っているのか?
馬鹿馬鹿しい。
「ええ。泥でも何でもいいので、隠したいのです」
「ふむ。まぁ、出来なくもない……が、それでいいのか?」
首を傾げる。
言っている意味が分からない。
「その印は奴隷紋に奴隷としての効果を与えている。いわば、強力な魔道具のようなものじゃ」
……そういうものなのか……。
「その印を隠すということは、奴隷紋の効力がなくなるということ。つまりは……」
奴隷が奴隷でなくなる、と?
「そうじゃ。お主は今まで、何人と契約した? 百人か? 千人か? それらの者が一斉に奴隷で無くなれば……」
大変なことになるな。
奴隷紋があるから奴隷たちは有無も言わずに働く。
……。
「そうか。この印は隠せないのだな」
「うむ。じゃが、妾はその印は素敵だと思うぞ。考えてもみよ。お主の号令一つで奴隷が動く。まるで……王者ではないか」
なにを大人気なく……。
この印が王者の印……か。
考えたこともなかった。
だが、なるほど……考えようによってはそうだな。
もっとも、王者と言うよりは魔王のほうが相応しい気がするがな。
相手の意思を無視し、あらゆる苦役を言葉一つで行わせる……。
やっぱり……
「魔王だな」
「なんじゃ。その気になったのかの? まぁ、そういう事じゃ。隠すなんて無粋なことは考えるでない」
そんな会話をしたことを思い出していた。
この印は一生、僕と共にいる存在なんだと。
「僕抜きなら行けるんじゃないか?」
「イヤよ。ロッシュがいなければ、意味ないもの」
ありがとう。マギー。
君がいるから僕は平然としていられるのだろう。
この印がある以上は、この世界では僕は最低の人生を歩むことが決定されている。
だけど、その嫌な現実を君がいるから忘れることが出来るんだ。
「じゃあ、僕が手料理をしてみるよ。口に合うか分からないけど」
「ふふっ。じゃあ、私も手伝うわ。一緒に作って、皆を驚かせましょう」
それはとても楽しい提案だ。
菜食主義のシェラ。
肉食主義のサヤサ。
ゲテモノ好きなマリーヌ様。
「うん。絶対ムリだけど、頑張ってみよう」
いつものように奴隷商としての仕事を一段落させ、帰ろうとした。
「お待ち下さい」
……こいつか。
いつも奴隷商だと見下していたやつだ。
だが、いつもと雰囲気が違うか?
「お呼び止めして失礼しました。貴方に謝罪をしようと思いまして」
何についてだ?
色々とありすぎて、わからなくなる。
「私は奴隷商を見下しておりました。奴隷を扱うなんてクソみたいなやつだと。今でもその考えは変わりません」
こいつは何がいいたいんだ?
さりげなくバカにしていないか?
話を聞くのではなかった。
「マギー。帰ろう。献立を考えないとな」
「ええ。失礼します!!」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい。失礼しました。こんな事を言いたかったわけではなかったのです」
……少し話を聞くか。
「奴隷商は確かにひどい仕事です。ですが、貴方がいるおかげで親友が処刑にならずに済みました。奴隷にはなってしまいましたが、それでも、生きてさえいればいくらでもやり直しが出来るのです」
……そういうことか。
「僕は僕の仕事をやったまでだ。感謝を言われる理由はないと思うけど」
「いえ。それでもお礼が言いたいのです。貴方の事を……きっと私のように必要としてくれる人が大勢いるはずです。それだけが言いたかったのです」
奴隷商貴族は最低最悪……人の皮をかぶったクソ……悪魔……人非人……
あらゆる罵詈雑言を受け続けてきた。
それも慣れたけど……
こういう言葉はどうしても慣れないな。
「ありがとう。君のような人がいてくれて、僕は嬉しいぞ」
「ですが、奴隷商はやはり最低です」
なんだ、こいつ。
もうちょっと、いい雰囲気で終わらせようという気はないのか?
「そうか。だが……僕は奴隷商をやめる気はない」
そう……僕は奴隷商としていき、この国を変えようと思う。
王族という立場では決して出来ないことを……。
望む未来を作り上げるためにも……
僕はマギーの手を握った。
「帰ろうか」
「うん!!」
さあ、僕達の未来はここから始まるんだ!!!
「あっ、ちょっとお待ちを。侯爵様がお呼びしているのを伝え忘れていました」
このやろう……。
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