第16話 奴隷商、獣耳娘を買う

奴隷商が女を連れて、街を歩いている……。


それだけで街中の女性から痛罵の嵐が起こる。


男性もそれに便乗するように色々な感情をぶつけてくる。


だが、それも慣れてしまった。


一人だったら、それに押しつぶされていただろう。


だが、僕には信じられる仲間がいるから。


婚約者……いや、結婚を決めたマギー。


我が領地、イルス領の住民、薬草師のシェラ。


死を追い求め彷徨う者、魔女マリーヌ。


この三人がこれから共に行動するのだが……。


それぞれの個性がぶつかるせいで、毎日が疲弊の連続だ。


それに所帯が大きくなれば、力仕事も増える。


僕の仕事と割り切ってはいるものの、量が増えれば体への負担は大きい。


出来れば、力仕事を任せられる男手が欲しいところだ。


とはいえ、王都処刑場で手に入る奴隷はすでに買い手が付いているため、連れていけない。


だとしたら、行く場所は……


「ふぉふぉ。よく来たの。待っておったぞ」


スラムの奴隷取引所。


といっても奴隷を売っているわけではないという複雑な場所だ。


「さて、今度は何をお探しじゃ?」

「ああ。実は力仕事が出来る人を探しているんだ。別に大力はいらない。荷物を運べるほどであればいいんだ」


別に変なことを言っていないよな?


普通のことを言ったはずだ。


なのに……。


「よろしくお願いします。ご主人様」


なぜ、そうなる。


僕は男手が欲しかった。


ある意味で、男同士で語り合って、友情……そんなものを夢に思っていた。


なのに……


「ふぉふぉ。お気に召しましたかな? ロッシュ様はイルス地方の領主。ぴったしの奴隷ですじゃ」


姿はマギーより年上の感じだ。


優しそうな風貌をしている。


力仕事とは無縁の存在のようだ。


だが、見た目とは違うのだろうな……。


なにせ、耳が……獣耳があるのだから。


おまけに尻尾まで……


ああ、これって……あれだよな。


「獣人、ですか?」

「ふぉふぉ。初めて見ますかな? 王都に流れ着く獣人は必ず、ここに来るのじゃ。儂らには珍しいものではないのですがな」


僕は初めて見ると思う。


いや、見ないようにしていたのかも知れない。


彼らとは違うという驕りが僕にはあったのだと思う。


エルフのシェラを見たときもそうだ。


人間とは違うものを見て、一瞬だけ見下すような感情があった。


だが、僕自身がすでに最下層の住人。


そう思えば、僕の視点など下らないものだとすぐに分かった。


人間も獣人もエルフも関係ない。


人それぞれなのだと……。


「そうだな。だが、本当に力仕事が出来るのか? とても、そうは見えないが」


実はこの獣人は断りたかった。


どう見ても……女性だからだ。


「ふぉふぉ。それは折り紙付きじゃ。金貨10枚じゃよ」


……他には候補がいないみたいだ。


仕方がない。


今は力仕事ができる人が一人でも欲しい時だ。


「商売上手だな。爺さん」

「ふぉふぉ。お主は買い物上手じゃな」


褒めているのか、バカにしているのか分からないな。


まぁいい。


「よろしく頼む。これから長い旅になるぞ。大丈夫か?」

「はい」


……大人しそうな人だな。


それにちょっと大人な雰囲気もある。


頼りになりそうだ。


もちろん、マギーには怒られた。


「私が買い物している間にまた、女の人を買ったの!?」


なんて、人聞きの悪い。


僕は奴隷として買った……あれ?


物凄く人聞きが悪いな。


まるで極悪人だ。


……考えるのを止めよう。


今度は手で触れるだけの奴隷契約にした。


彼女の慎ましい胸に飛び込ませることは爺さんもしてこなかった。


「これで私も奴隷ですね」


まぁ、間違いではないんだけど……


「僕は仲間だと思っている。君は……」

「私はサヤサ。神狐の末裔です」


神狐……聞いたこともないな。


まぁ、狐に見えなくはないが……


「じゃあ、サヤサ。これからもよろしく頼むよ」

「はい、ご主人様」


その言い方はあまり良くない。


一人がとても怒るからだ。


だが、どんなにマギーがサヤサを責めても変えるつもりはないようだ。


「私はやっぱり旦那様って呼ぶわ! これは決定よ」


話が蒸し返されてしまった。


でも、いいか。


これもなんだか、楽しいかもしれない。


「ご主人様。早速荷物をお持ちしますね」


僕はマギー達が旅に必要なものを買ってきてもらっていた。


おかげで凄い量だ。


僕の両手ではとても持てないが……


女性陣は持つつもりは薄いようだ。


「いや、流石にこの量は……嘘、だろ?」


爺さんの言っていたことは本当だったようだ。


これだけの量を軽々と持ってしまうとは。


だが、サヤサ一人に持たせるのも……


「ご主人様はもっと堂々としていて下さい。これは奴隷の仕事です!」


あれ?


なんだろう、急に涙が。


考えてみれば、唯一の奴隷はシェラだけだけど。


誰も僕の言うことを聞いてくれないんだよな。


もしかして、待っていたのかも。


こういう人を……。


「ありがとう。サヤサ。でも、やっぱり一つでも持つよ」


僕は奴隷商にはなりきれないようだ。


「サヤサはイルス地方に縁でもあるのか? 爺さんがそんなことを言っていたけど」


「ええっと……ご主人様はご存じないのですか?」


そう言われると自分の無知が恥ずかしい。


「済まない。イルス地方の事は存在は知っていたが、何分手付かずの土地だったから」


王都の人間でもイルス地方の存在すら知らないものも多い。


そう言う意味では知っている方だとは思うが……


「我々のような獣人は全てイルス地方に起源しています。聖地とも言える場所です」


そうだったのか……


そうなると、イルス地方は人間が誰も住んでいないと思っていたが、そうではないのか?


「どれくらいの獣人が住んでいるんだ?」

「正確には分かりません。ですが、一万人くらいいるかと」


そんなにいるのか……。


これからの領地経営を考える上ではとても重要な話だな。


獣人たちと共に暮らせるような都市を作れるといいが……


それも後に無理であることを知るのだが……それはまだ先の話。


「荷物はそこに頼む」

「はい」


やっぱり獣人の力はすごいな。


疲れた様子もないし、何よりも持っている時に表情一つ歪むことがない。


「サヤサ。疲れたか?」

「いいえ。ですが、ひとつ申してもいいでしょうか?」


おや?


そういうことも言うんだな。


「馬車を買うことをおすすめします」


確かにこの荷物を道中持つのは大変だもんな。


さすがの獣人も、というところか。


「ご主人様の護衛が出来ませんから」


どうやら、彼女の主な仕事は荷物持ちではなく、護衛でした。

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