第15話 奴隷商、金のなる木を手にする

シェラとマリーヌ様はとても仲がいい。


まるで姉妹みたいだ。


ガトートスもほんの小さい頃は僕の後ろをついて回る、可愛い弟だった。


それが今のようになってしまったのだろうか。


数年前からだ。


その時、何かが起きたのだろう……


だが、僕には見当もつかない。


今は、考えないほうがいいだろう……。


マリーヌ様をひとまず小屋に連れていくために、いつもの門を通過しようとした。


「ちょっと待て。奴隷でない者は通行料をもらうぞ」


そうか。


そういえば、王都の出入りには通行料が必要だったな。


銀貨1枚か……これも奴隷商で一日に稼げる半分のお金だ。


オーレック卿と商会……薬草ギルドからの別収入がなければ、本当に終わっていたんだな。


「ほれ。これで無料じゃろ?」

「ん……こんな小さな子にまで奴隷紋を……この下衆が!!」


なぜか、門番に睨まれているが……


それよりも気になることが。


「マリーヌ様、どうして……」

「今はよかろ? さあ、案内せよ」


彼女の胸にはシェラと同じような紋が刻まれていた。


僕はやった覚えがない。


だとすると、僕よりも前の奴隷商ということになるが……


それはありえない話だ。


奴隷商は一代限りで終わる。


貴族位を継げる子供がいないからだ。


奴隷商が死ねば、契約していた奴隷たちも解放される。


紋もその瞬間に消滅するのだ。


小屋に着くと、マギーに怒られた。


出来れば、事情を聞いてから怒ってほしいんだけど……。


「ふうん。そういうことがあったの。で? 何がロッシュを納得させられたの?」


そういえば、言っていなかったな。


僕がマリーヌ様を引き受けることと引き換えに得た条件……


「これだ!」


手にした板をテーブルに静かに置いた。


大切なものだからな。


「薬草販売許可状? なにこれ?」


見て分からないのか?


この凄さが……。


「これはね……」


薬草販売は当然ギルドを経由しなければ、販売は不可能だ。


それをしないと重い罪に問われる。


だが、この免状があれば話は別。


王都ギルマスが与えた権限で、自由に販売することが出来るのだ。


ギルドを経由せず、直接、販売できる。


もちろん、年間手数料という形で金貨100枚を納めなければならないが。


それでも、シェラがいれば、元を十二分に稼ぐことが出来るだろう。


路銀も余裕で作ることが出来る。


出来れば、オーレック卿からもらった白金貨には手を出したくないからな。


「ふうん」


どうやら、マギーにはこの凄さが伝わらなかったようだ。


まぁ、この話はこの辺にしておこう。


今、一番気になっていることだ。


「マリーヌ様。説明をお願いします」

「……」


「マリーヌ様?」

「おお? 済まんな。つい、シェラの作った薬草に興味がいってな。で? 何の話じゃ?」


自由なお人だ。


「これか?」

「ちょっと!! ロッシュの前で急に服を脱ぐなんて、どういつつもりよ!!」


「何を言う。こうせねば、見えぬではないか。それともロッシュはこんな幼子に興味がお有りか? のう? どうなんじゃ?」


……ギルマスの気持ちが分かる気がする。


本当に面倒な人だ。


「この紋はのぉ。お主の知っている通り、奴隷紋じゃ。妾はこのせいで死ねぬ体になってしもうたんじゃ」


……奴隷紋にそんな効果があるのか?


知らなかった。


「奴隷紋にはの、主人の力の一部が流れ込まれるように作られた呪法じゃ。これを編み出したのは……魔族じゃ」


そんなバカな。


魔族はとっくの昔に絶滅したはず。


それこそマリーヌ様が生まれるずっと前に。


「それはありえない」

「そう思うのは無理もないが、妾の刻まれた紋は紛れもなく魔族に施されたものじゃ」


つまり、魔族はこの世界のどこかにまだ生きているということか?


伝え聞く限りの魔族はとても恐ろしく、人間は幾度となく絶滅の危機を経験したとか。


もっとも、人間がどうやって魔族を倒したとかの話は聞いたことがないが……。


それはともかく……


「じゃあ、シェラに刻まれた奴隷紋も元は……」

「それは妾が作ったものじゃ。変な錬金術師に頼まれての。あれは……何百年前かの?」


なんなんだ、この人は。


しかし、奴隷紋にそんな話があったとはな……。


色々と詳しく聞いたほうがいいかも知れないな。


奴隷紋は特性上、相手を奴隷として意思に背けないように出来ている。


だが、シェラは僕の言うことを聞かないことがある。


奴隷紋の限界がどこにあるのかを知っておくべきだろう……。


だが一つ気になることが。


「主人の力の一部が流れる、とはどう言う意味だ?」

「言葉の通りじゃ。不死の魔族に施された奴隷紋は奴隷にも不死を与える。そういうことじゃ」


それでは分からない。


僕が与える力って……。


「分かる気がする」


シェラが突然、話しに加わってきた。


気になることを言ったな。


「どう言う事だ?」

「薬の効果が高い。理由が分からなかった」


それだけでは分からないな。


「マーガレットの症状、治るのに数ヶ月以上は覚悟していた。だけど、一月で治った」


たしかに、そんなことを言っていたな。


つまり、僕の力は薬の効果を上げるということか?


だとしたら、凄いな。


だが、信じがたい。


そんな便利な力が奴隷紋にあったのなら、どうして今まで話しにならなかった?


それを利用して、奴隷商が活躍した……なんて、話し聞いたことがないぞ。


「ほう。それは面白い話じゃな。妾にも効く毒を作るのに最適かも知れぬな」


僕の力がマリーヌ様の命を奪うなんて思いたくもない。


そんな力だったら、要らない。


「シェラ。それは間違いないことなのか?」

「うん。それ以外には説明できない。最初はマーガレットの体質を疑ったけど、そうじゃなかった」


……僕の力か……。


「何も考えることはないではないか。薬の効果が上がるなんて、喜ばしいことじゃ。妾の事を思ってのことだったら、杞憂じゃ。妾も余計なことを言った。許せ」


マリーヌ様は本当に申し訳無さそうに頭を下げた。


存外、彼女は根はとても優しい人なのかも知れない。


「分かった。今はそういうことにしておこう。薬草の効果が上がれば、その分、稼ぎも増えるということだ」

「そういうことじゃ。お主も軽い男じゃのぉ」


とりあえず、今は迫ってくる王都からの脱出のことだけを考えよう。


マリーヌ様という得体の知れない人が道中に加わった。


しかし、余りあるほど貴重な免状を手にすることが出来た。


お金の問題はある程度は解決できたと思うが……。


やっぱり考えたほうがいいな。


女だらけの所帯に男一人はなにかと辛い……。

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