第13話 奴隷商、公爵の覚悟を悟る

「義父上、どうぞ」

「おう! かわいいマギーが嫁に行ってしまうなんて」


オーレック卿が用意してくれたワインは食卓に彩りを与えていた。


「もうお父様ったら。お別れみたいな言い方は止めて下さい。いつでも会えるじゃないですか」

「ああ……それもそうだな。スマンな。少し感傷的になってしまったようだ」


本当に楽しそうだ。


僕も父と母にこうやって祝ってもらいたかった。


だが、不出来な僕にはそれは叶わないのだろう。


「ところで、義息子よ。マギーのどこがいいのかな? 聞いたことがなかったのでな、今、聞かせてもらえぬか?」


オーレック卿は意外と酒癖が悪いようだ。


そんな恥ずかしいことを皆の前で言えるわけがないだろうに。


「どうなんだ? 儂だったら、マギーのいいところを百でも言えるぞ。わっはっはっはっ」


本当に言えそうだな。


この人のマギーへの愛情は本物だ。


僕は今でも本気だが、オーレック卿の気持ちにも応えなければならない。


マギーを一生幸せに……。


すると、後ろで先程からそわそわしている従者が、オーレック卿に耳打ちをした。


凄くつまらなそうな顔をしたと思ったら、急に立ち上がった。


「すまんな。急な用事が出来た。本当に今日は楽しかった。最後にマギーに会えたことも最高の喜びだ」


……何か、引っかかるような言い方だ。


だが、マギーは少し涙を浮かべて、別れを告げていた。


それに無粋な横槍は不要だろ。


オーレック卿は馬上の人となった。


「ロッシュ。なにがあろうとも、娘を頼むぞ。それと、ほれ」


オーレック卿から小袋を渡された。


「嫁を出すと言うのに、これしか出来ぬ儂を許してくれ。ではな。くれぐれも体を大切にな」


やはりおかしい。


だが、それを言葉に出すことは出来なかった。


それがオーレック卿の覚悟を踏みにじるような気がしたから。


「分かりました。義父上こそ、ご達者で」


ニヤリと笑った顔を最後に、軽やかな馬さばきで王都へと引き返していった。


「ようやく帰ったわね。まったく、お父様はいちいち大袈裟なのよね。さあ、ロッシュ。中で一緒に飲み直しましょう」


マギーはあのオーレック卿の異様な雰囲気を感じたのだろうか?


僕はじっと王都の方を見つめていた。


一月後……オーレック公爵家は失脚した。


全ての官職は罷免され、蟄居を命じられたのだ。


アウ−ディア王国で最たる名家オーレック家は没落していった。


理由は王子失脚の原因を作ったということだ。


最初に聞いた時は、オーレック卿の顔が頭に浮かんだ。


あの時から、こうなることを察していたのだろう。


無理に押しかけてきたのも、最後のマギーに会えるチャンスだと思っていたかも知れない。


だが、さすがは大家だ。


王子失脚の原因を作ったとなれば、王国反逆罪と言われかねない。


それを蟄居程度の罰で押さえてしまうとは……


しかし、これで王宮は荒れるはずだ。


今までオーレック家が押さえつけてきた諸侯もここぞとばかりに動き出すはず。


僕が王子として、のうのうと学園生活をしていたときでさえ、きな臭さはあったのだ。


だが、僕が心配する立場ではないことも十分に理解しているつもりだ。


今は……マギーを労ってやろう。


「マギー……」

「聞いたわ。何もかも、ガトートスの仕業よ。あいつは全てを仕組んでいたんだわ。最初から」


その通りだろう。


こんなことをして得する奴は……あいつしかいない。


だが、あいつの王宮での地位はこれで盤石になっているはずだ。


そうでなければ、こんな大事が混乱もなく進められるはずはない。


父上……王は何をしているのか?


いや、いまはいい。


「マギー。僕は決めたんだ。王都から離れよう。ここにいれば、僕達にも危険が及ぶかもしれない」


今考えなければならないのは、オーレック家のことではない。


マギーの安全だ。


きっとガトートスはマギーは死んでいると思っているはず。


だからこそのオーレック家失脚なのだ。


生きていれば、何かと利用していただろうからな。


もっともマギーが服毒したことで利用も何もないが……。


それはともかく、生きていることを知っているとガトートスには嫌な存在に写るだろうな。


なにせ、マギーはほとんど知っているのだから。


「いいのかしら? 私が訴え出れば……」


確かにガトートスは窮地に立つかも知れない。


だが、僕を失脚させた時の手腕は見事としかいいようがない。


やり方はどうあれ、目的は完璧に達成できたのだから。


今回もそれなりに対応策は打っていると考えたほうがいい。


形振り構わず、訴え出ても効果はさほど望めない。


仲間を作らなければ。


ガトートスを糾弾する仲間を……。


だが、王宮内はすでにガトートスの息がかかっていると見たほうがいい。


だから、外にいる諸侯を味方にする。


それに自分の力を蓄えることだ。


領地経営をし、力をつける。


だからこそ……


「今はその時ではないと思う。僕達は徒手空拳にも等しい。力がなければ、声を上げても誰も耳にしないだろ?」


だから、僕達は王都を離れる。


「ロッシュが言うなら、そうするわ。だけど、どこに?」


今は誰が敵で味方かわからない状況だが……


「ドーク子爵家領に行こうと思う」

「あの軍名門の?」


「ああ。今の当主には剣の手ほどきを教えてもらっていた。彼の王国への忠誠心は本物だよ。彼なら話を聞いてくれると思う」


それに子爵家とはいえ、当主は将軍としての地位もあり、軍内部では大きな力を持っている。


これほど味方に相応しい人物はいないだろう。


だが、一抹の不安もある。


僕が奴隷商貴族であることだ。


それだけで話を聞いてもらえない可能性があるからだ。


マギーは「大丈夫じゃないかしら?」と楽観視しているが、実際には行ってみなければ分からない。


「移動は一週間後にしよう」

「ええ。それまでに準備をしないとね」


……


「マギーは随分嬉しそうだね。これからは、こんな屋根のある家で寝泊まりなんて出来なかも知れないんだよ?」


実は僕は少し憂鬱だ。


旅には昔か興味はあった。


王国中を旅して、見聞を深めたいとも思った。


だが、それは馬車での移動、世話をしてくれる従者、案内をしてくれる現地の人……それらがあるからだ。


今はすべて自分で調達しなければならない。


道中も野宿が当たり前だろう。


それを考えると、少し嫌になる。


これが王宮暮らしの弊害なのだろうな。


だから、マギーが楽しそうなのが不思議なんだ。


マギーも似たような暮らしだったから。


「だって、ロッシュと二人……いえ、シェラもいたわね。だけど、一緒にいられるのよ。最高に幸せじゃない!!」


そういうもの……なのかな?


でも、マギーが笑っているならいいか……。

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