第12話 奴隷商、美しい彼女に目を奪われる

マギーの体調はほぼ戻ったと言ってもいいだろう。


シェラは投薬は必要ないと判断した。


「ありがとう。シェラ。貴女には本当に感謝してもしきれないわ」

「気にしなくていい。私はやることをやっただけ。それよりも私は謝らなければならない」


シェラはずっとマギーに申し訳無さそうにしていた。


「いいのよ。確かに顔は少し変わっていしまったけど……ねぇ、ロッシュ。私の顔をどう思う?」


どうって……。


「とても綺麗だと思うよ……」

「後の間がちょっと気になるけど、そういう事よ。シェラは何も気にしなくていいわ」


やせ細ったマギーの顔に肉が付き始めた頃、気付いたことがあったんだ。


マギーの顔が少し変わっていたんだ。


面影は確かにあるけど、全くの別人と言ってもいいくらいだ。


なんというか……とても複雑な気分だ。


だって、すごく綺麗になっていたから……


別に前の顔がどう、という話ではない。


本当に綺麗になっていたんだ。


「そう。じゃあ、気にしない。だけど、一つだけ分からないことがある」

「何よ」


シェラがしげしげとマギーの顔を見たり、触ったりして、唸るように首を傾げていた。


「分からない。どうして、こんなに早く治ったの? マーガレットは何か特殊な体質か何かなのか?」

「どうかしら? 昔から傷が早く治るなんてことはなかったけど」


確かに最初の頃からシェラが疑問を口にしていた。


僕にはマギーの回復が早いか遅いかなんて分からない。


「まぁ、早いに越したことはないんじゃないか?」

「そう、かもね。まぁいい。私はギルドに行ってくる」


淡々とした様子で、小屋を出ていってしまった。


「変わった子よね。シェラって」

「ああ。エルフって皆、あんな感じなのかな?」


どんなときも無表情で感情がよく分からない。


それでも彼女は今や、イルス家の大黒柱だ。


彼女の稼ぎがなければ、とてもマギーの治療代を捻出することは出来なかった。


「すごい胸が大きいものね」

「ああ。凄いよな……って、何を言わせるんだ!!」


まぁ、この話はどうでもいいか。


「マギー。君に一つ聞きたいことがあったんだ」

「ん? なに? 旦那様」


……またか。


最近は僕の名前が一向に定着しない。


ロッシュと呼んでほしいと言っているのに。


「……オーレック家のことだよ。君はどういう扱いなんだ?」


オーレック家はマギーの生家……つまり、公爵家のことだ。


マギーは一人娘ということもあって、とても可愛がられていた。


そんな彼女がずっと家を離れているんだ。


きっとオーレック家は大変の騒ぎのはずだ。


しかし、何度も王宮近くに出入りしているが噂が全く耳に入ってこない。


オーレック公爵家はアウ−ディア王国では最も権威のある家の一つだ。


娘が行方不明になっているのにだ。


「分からないわ。私もあの薬を飲んでから、ほとんど記憶はないし、気付いたら王宮でしょ?」


マギーはこう言っているが、やはりオーレック家と接触したほうがいいかも知れない。


もしかしたら……


あまり考えたくはないが、マギーを連れて行けば何かが分かるかも知れない。


「マギー。一緒に家に戻ってみないか?」

「……イヤ。絶対に帰らないわ」


どうして……オーレック家の一大事かも知れないんだぞ。


「マギーがいるって分かれば、おじさんたちも安心するんじゃないか?」

「それでもイヤ! 帰ったら、ロッシュと会えなくなるから……」


それはない!! とは言えないか。


オーレック家は王位継承権第一位の僕だからこそ、マギーを婚約者に据えたのだ。


誰が好き好んで、大切な娘を奴隷商貴族にやるものか。


しかし……。


「なら、手紙を出すのはどうだ? それくらいは……」

「手紙なら……でも、この居場所は絶対に教えないわ。それでもいいなら」


まぁ、マギーが無事であることを知らせれば、安心してくれるだろう。


居場所については後でも教えればいいだろう。


早速手紙を書いてもらい、僕も仕事に出ることにした。


門番であるアロンに手紙を託そうとしたが、ずっと会っていないのが気になる。


聞こうにも、僕の言葉に耳を貸すものはどこにもいない。


仕方がない……。


奴隷を引き渡した商会に頼むことにした。


偶々と言うか、その商会はオーレック公爵家を出入りしていた。


頼むには好都合だろう。


僕の読みは大きく外れることになる。


オーレック家の諜報を甘く見ていたのだ。


手紙を出した、その夜に僕……というかマギーの居場所が突き止められてしまった。


しかも……やってきたのが……


「愛しのマギー……会いたかったぞ」

「お、お父様!? どうしてここに?」


まさかの公爵の登場だ。


「フォレイン様。ご無沙汰しております」


公爵はちらっと見ただけで、マギーに釘付けだ。


やはり、公爵も奴隷商貴族になった僕に目もくれない様子だ。


「儂はお前が生きておると確信していた。だから網を張っていたのだ」


その網にまんまと引っかかってしまったということか……。


さすがはオーレック家……王家を影で操っていると悪評が立つ訳だ。


「お父様、生きていたってどういう事ですか? 私はこの通り……いえ、ロッシュとそこのシェラに助けてもらわなければ、生きていなかったかも知れません」


「そうか……ならば、儂からも礼を言おう」


そう言って、公爵はシェラに近づいた。


「娘が助けてもらったそうだな。礼を言おう」

「私はイルスに言われただけ。礼はいらない」


公爵相手にも態度を変えないとは……さすがだな。


「そうか……」


「……あの」


なぜか、公爵が僕の前に立ち、ずっと無言でいる。


「ロッシュ君。儂はな……君に大いに失望した」


無理もないか。


エリスと不貞を働いたと疑われ、今の地位にいる。


王宮内では間違いなく既成事実になっているはずだ。


娘を裏切ったと憤っているのだろう。


「申し訳ありません。返す言葉もありません。もし、公爵が僕を殴りたいと言うなら、殴って下さい。僕はマギーを傷つけてしまいましたから」


「儂が殴りたいと思っているのか? 君は王宮を出てから随分と荒っぽくなったみたいだな」


どういうことだ?


「儂が失望したというのはな、何故、王宮で身の潔白を証明するために戦わなかったのかということだ。おめおめと引き下がるとは……男らしくないではないか」


……訳が分からない。


公爵は何を言っているんだ?


マギーがこんな酷い目に遭ったことを怒っているのではないのか?


「だが、儂は安心した。マギーも幸せそうだし、それに君が側にいてくれる。それで儂は十分だ。これからもマギーを頼むぞ」


なんだ、この展開は?


「あの……遠ざけないのですか? 僕は奴隷商貴族に……」

「だからどうしたのだ? 儂は君を見込んでマギーを預けたのだ。王族だからではない。あんな愚弟には儂の娘は絶対にやらんぞ!!」


……。


僕は勘違いをしていた。


奴隷商貴族になったことで、ずっと負い目を背負ってきた。


いや、勝手に背負い込んでいたみたいだ。


この王都には僕を正面から見てくれる人はいるんだ……。


「ありがとうございます。フォレイン様」

「さっきから気になっていたのだが……儂のことは義父と呼べ。義息子よ」


なんて言ったらいいか分からない気持ちになった。


ただただ感謝の言葉しか浮かばなかった。

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