第11話 奴隷商、真相に触れる
「何故ですか!? 我々としても、最高の条件を持って……」
ギルマスの勧誘はとても魅力的だった。
特に金銭面では信じられない額を提示された。
だが、永久雇用が条件だったのだ。
僕が頷けば、シェラは文句も言わずにギルドに所属してくれるだろう。
だが、シェラとは故郷に帰す約束をしている。
それを反故にするような契約にサインをするわけにはいかない。
「すまない。だが、こちらも一定の譲歩は出来るつもりだ」
「というと?」
ギルマスが前のめりで顔が触れられそうな距離になる。
「永久雇用は出来ない。しかし、しばらくは王都にとどまるつもりだ。その間なら……」
「それでも構いません。彼女の知識はそれだけの価値がある。ちなみに……ちなみにですが、どの程度の滞在を?」
それが分かれば苦労はない。
イルス地方へ向かうためには、マギーの治療費、食料、その他の物資を入れれば、相当な額のお金が必要となる。
それこそ、金貨が千枚……それ以上、必要だろう。
だが、奴隷商だけで稼ごうと思えば、永遠に不可能だ。
「まだ決まっていません。しばらくという以上は」
「そうですか。すぐに、という話でないことに安心しました。それでは契約を……」
契約の内容は日当ということになった。
一日、シェラをギルドに派遣するだけで金貨10枚。
先程の契約金からすれば、かなり少ないが、条件が条件なだけにこれ以上は無理だろう。
少なくとも、一日に金貨10枚が手に入ると思えば、イルス地方行きは近づくんだ。
「……たしかに。これで臨時雇いとしてギルドに所属していただきます。支払いはシェラさんにしても?」
細かい話はすぐに済んだ。
こちらとしては永久雇用さえされなければ、問題はないのだ。
シェラも自分の立場が分かっているからか、僕に全てを任せてくれている。
お金を預けても問題はないだろう。
「さて契約は終わりましたな。では次に移りましょう」
次?
次って……
「嘘、だろ?」
僕達は薬草ギルドを後にした。
シェラは大きな袋を腕いっぱいで抱きしめていた。
ちょっと機嫌が良さそうだな。
無表情だからよく分からないけど。
それにしても、その袋の中身が……
「金貨1000枚か……高い買い物だった」
なんでも、かなり貴重な薬草が含まれており、年に一度手に入るかどうかというものらしい。
その薬草が500枚とは。
流石に支払いは出来なかったが、ギルマスの好意でシェラが受け取る報酬からの天引きで話がまとまった。
これで本当にしばらくは王都から離れることができなくなった。
でも……
「これでマギーは治るのか?」
「分からない。正直、診たこともない症例だった、あらゆる方法を試してみるつもり。それにしてもあれが金貨500枚……高すぎる」
どうやら、この高級薬草は故郷では一般的らしい。
イルス地方に行ったら、その薬草を王都に輸出するだけで富を築けそうだな。
それからしばらくは何の変哲もない生活が何度も繰り返された。
シェラは毎日のように薬草ギルドに向かった。
マギーはシェラの調合した薬草で少しずつ回復の兆しを見せていた。
もちろん、マギーは目を覚ますとシェラに怒鳴り、また眠りにつく。
僕は……ひたすら処刑場と商会の往復だった。
日々、消えていく奴隷商の稼ぎ。
生活は一切良くなることはなかったが、そんな日々も少しずつ変化をしだす。
「マギー。もういいのか?」
「ええ。ちょっとは歩かないとね。なまった体を早く取り戻さないと」
シェラの薬は本物だったようだ。
歩行も難しく、焼けただれたような顔が元の顔に戻ったのだ。
昔の……仲が良かった頃の顔に……。
「マギー。少し、散歩をしようか。手を貸すよ」
「ええ。ありがとう。ロッシュ」
マギーの手はまるで骨のようにやせ細っていた。
顔からも肉が削げ落ちたようだった。
だけど、笑うと昔のままだった。
本当は知りたくない。
だけど、聞いておかなければならないと思った。
「マギー。なぜ、君がエリスと代わっていたんだ?」
「その前にロッシュには謝りたいの。私……バカだった。貴方の関心を集めようとガトートスの言葉に耳を貸してしまったの」
……なに?
「なぜ、ガトートスが話に入ってくるんだ?」
「私はエリスに嫉妬してたの。何も持っていない彼女に怖さを覚えたの。だから、私も振り向いてほしいと思って、取り巻きの子達に色々と教えてもらったの」
……そうだったのか。
マギーが急に変わったのはそういうことだったのか。
似合いもしない化粧を施し、高圧的な態度を取り出した。
全ては僕が不甲斐なかったから……
はっきりとした態度をしなかったから。
マギーを苦しめていたんだ。
「貴方がエリスと、その……そういう関係になって捕まって聞いたの。とても悲しかった。そうなって欲しくないってずっと願っていたの。そんな時に取り巻きの子たちに捕まったの」
訳が分からない。
取り巻き子って……まさか、ガトートスが関わっているのか?
「取り巻きの子達に言われたわ。ロッシュとエリスはそんな関係ではない。そのままでいれば、何の問題もなかったのに、と」
マギーは涙を浮かべた。
「本当にバカだった。ロッシュを信じてあげられなかったの。私は一言、貴方にそれを言いたくて王城に向かった。そうしたら、ガトートスに会ったの。そして、ひと粒の薬を渡されたの。これを飲めば……」
僕を助けられると言われたらしい。
僕は王族のルールを破った重罪人。
処刑しか途はない。
だけど、マギーが服毒をすれば、罪をマギーに擦り付けられる。
そう言われたらしい。
「私は迷いなく飲んだわ。苦しかった。だけど、ロッシュに比べればと思えば、苦じゃなかった」
……マギー。
「僕達はもっとお互いを信じれば良かったんだね。そうすれば……」
「そうね。本当になんで、そんな簡単なことが分からなかったのかしら」
マギーはニコリと笑った。
僕はマギーの手を取り、涙を流してしまった。
僕達の蟠りは解けた。
そして、マギーは僕の目の前にいて、笑ってくれている。
それだけで嬉しい。
とても幸せな気分だ……
なのに、どうして?
「いたたたた。何をするんだ?」
弱りきっていたはずのマギーの手から信じられない力で握られた。
「それはそうと。随分とエリスには優しかったわね?」
マギーを説得するのには苦労しました。
結局、一生、僕がマギーと一緒にいると誓って、事なきを得た。
あれ? これって……。
「元からその約束でしょ?」
まぁ、そうなんだけど……それでいいのかな?
「さて、帰りましょう。美味しい夕飯をお願いね」
「ああ。腕によりをかけて、昨日作ったスープを温めるよ」
ブーブー文句が出たのは言うまでもない。
僕はマギーに笑顔を向けた。
その裏で、僕は本気で誓った。
ガトートスへの復讐を。
僕とマギーをここまで追い詰めたアイツに……。
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