第3話 奴隷商、追放される

僕は名を改め、イルス家当主となった。


イルス家は代々、奴隷商を生業とする貴族だ。


奴隷商は簡単に言えば、奴隷を買い付け、それを売るだけの商売。


だが、扱う奴隷の殆どは罪人のため、市井に任せることが出来なかったのだ。


そのため、奴隷商のための貴族位が作られた。


それが奴隷商貴族。


扱う商品が犯罪者といっても人であり、人の売り買いで金儲けをしている最低な仕事だと王国内では認識されている。


そのため、貴族であっても王国では国民に石を投げられるような存在だ。


それに貴族内でも地位は低い。


まず、貴族同士の繋がりはないに等しい。


関係を持つことすら穢らわしいと思われている。


姻戚関係になるなど言語道断といった様子だ。


ちなみに、王国では貴族位の後継者は貴族同士の間で産まれた子にしか認められない。


つまり、奴隷商貴族は一代で終わることがほとんだ。


貴族内でも相手にされず、王国民からはツバを吐きかけられる存在……それが奴隷商貴族。


……王から宣言を受けたが、僕はあまりにもショックが大きくて立ち上がることさえ出来なかった。


今までは王国の最高権力に最も近かった。


たった一日で全てが変わってしまった。


王国で一番地位の低い存在となってしまった。


「ロッシュ。いいんだぜ。俺に感謝しなくても。俺は俺のやりたいようにやっただけなんだから」


……もはや言い返す力すらない。


王の決定は絶対だ。


これが覆ることは絶対にない。


僕が次期王に返り咲くことはまずありえない。


「おっと……父上、この際だから、すべての事を話してしまいましょう。もう二度と、顔を見たくないでしょうから」


何を言っているんだ?


ガトートスが何かの紙を臣下から受け取っていた。


刑罰が決まったとなるや、どこで待っていたのか大臣や臣下達がぞろぞろと玉座の間に集まってきたのだ。


「これはすごいな。ええっと……イルス辺境伯……辺境伯か、すごいじゃないか」


何も嬉しくない。


辺境伯は王国内でも大きな権力を持つが、所詮は奴隷商貴族だ。


ほぼ建前に等しい、何の権力もないんだ。


「辺境伯には……イルス地方……ああ、あそこか。最高だな。ロッシュ、イルス地方に領地があるみたいだぞ」


……もうどこでもいい。


たとえ、未開の地で魔獣が多く生息しているイルス地方であったとしても……


ここから去れるのであれば……


「支度金として……やったな、王国から金が出るらしいぞ」


それはありがたい。


王族として今まで使っていたお金はすべて王国の財産だ。


僕は無一文だから、支度金はありがたい。


「金貨一枚を下賜される」


金貨……一枚だと?


それでどうやってイルス地方まで向かえというのだ?


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「あん? 王族の言葉を遮るとはどういうつもりだ? イルス!」


……くそっ。


「まぁ、心優しい俺だ。話くらいは聞いてやろう」

「……金貨一枚というのは何かの間違いでは? さすがに少なすぎでは」


金貨一枚というのはどれくらいの価値があるかと言われると答えるのが難しい。


普段、口にするワインが確か……金貨数十枚はすると聞いたことがある。


着ている服だって金貨数百枚だ。


一枚というのが市井ではどれほどかは分からないが、王族……いや、貴族でさえ微々たる金額であることが分かる。


「ほう。王国の判断に不満でもあるのか? イルス」

「いえ、決してそのようなことは……しかし」


イルス地方は王都から見て、もっと遠い土地だ。


金銭感覚がないとしても、金貨一枚では到底たどり着けない。


「クックックッ。忘れていないか? お前は奴隷商なんだぜ? 商売して、金を稼げばいいじゃねぇか」


「ふざけっ! いえ、僕は奴隷商の経験がありません。すぐに商売をすることは出来ないと思いますが」


奴隷商という言葉だけしか聞いたことがない。


何をどうすればいいのかなんて、まったくだ。


商売をしながら、路銀を稼げだと?


そんなのは無理に決まっている。


するとガトートルが臣下に何かを話している。


臣下は頷くだけだ。


「喜べ。俺もとんだお人好しだな。金は増やせないが、奴隷を一人与えてやろう。それを売れば、少しは路銀の足しになるだろう。しかもだ! 売り先は自由で、販売価格もお前が決めていいぞ。良かったな」


いまいち、話が分からなかった。


というか、ガトートルはどうしてこんなに奴隷商に詳しいんだ?


「話は終わりだ。というか、俺も忙しいからな。あとは適当にこいつらに聞け」


そういうと、ゆっくりとこちらに近づいてきた。


そして、小声で呟いた。


「ざまぁみろ。てめぇは一生、溝みたいなところで、クソみたいな生き方をしてろ! 俺が王になったら、もっと酷い目に合わせてやるよ」


それだけを言って、笑って玉座の間を離れていった。


その一部始終を見ていた父上も姿を消した。


残されたのは少しの臣下。


臣下と言っても、貴族ではなく、役所勤めの平民だ。


「おい、イルス。これからお前の処遇について話をするから聞き漏らすなよ?」

「なんだ、その口の聞き方は。僕は辺境伯当主だぞ」


数人の平民が互いに目を合わせて、笑いだした。


「違うだろ? 奴隷商貴族だろ? お前は王国で一番下の存在なんだよ。当然、私達以下だ。だから、私達を煩わせるなよ」


……くそっ……なんて、惨めなんだ。


「返事はどうした? くそ貴族!」

「……はい」


「最初から、そう言えばいいんだよ! くそ貴族にはクソのような土地が与えられる。それとクソ奴隷もな。あとはなんだ……」


役人の説明は雑だった。


だが、聞き漏らせば、生きていけない。


必死になって役人の言葉を頭に叩き込んだ。


大抵の言葉にクソが付いていたが……


奴隷商はどこでも出来る商売らしい。


王国内はもとより、隣国まで出向き奴隷を仕入れると共に販売も許されている。


もちろん、友好国に限られるが、今はそんな話はどうでもいいだろう。


明日のご飯すら怪しいのだから。


奴隷の仕入れは主に刑罰権を持っている貴族か、王宮が主な相手だ。


ただし、買値と売値がすでに決まっている。


自由に値段を決めることが出来ないのだ。


例外的に王宮と貴族以外から仕入れることも可能だが、誘拐された少女を買う……というのは法律に引っかるため許されていない。


精々、借金で首が回らなくなった者の借金を肩代わりをして、奴隷を手に入れるくらいだ。


もしくは、本当にありえない話だが、本人が奴隷になることを望む場合だ。


なんにしろ、当面は貴族か王宮が相手になることは間違いない。


説明はその程度だった。


領地経営については、適当にしろとだけ言われた。


たどり着けないとでも思っているのだろう。


もちろん、僕も思っていないが……


「最後にクソ奴隷を……ガトートス様の温情に感謝しろよ」


それだけを言って、平民役人は僕の腕を掴むと放り投げるように王城からつまみだした。


一緒に話に出ていた奴隷と共に……


その奴隷は……


包帯を巻き、見るも無残になったエリスだった。


彼女を売る権利を持ち、値段も自由に決められる。


彼女を売れば、少しは路銀の足しにはなるだろうか。


手には一枚の金貨だけが握られていた。

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