第2話 奴隷商、身の潔白を証明しようとする

ガトートスが玉座の間を飛び出していった。


エリスを連れてくるためだ。


ここには数人の衛兵と王と僕だけだった。


王はじっとこちらを見つめている。


「ロッシュよ。私はお前を信じていた。今回の件も何かの間違いであると願っている。しかし、これがある以上は調べねばならない。分かってくれるな?」


やはり、父上は僕を見限ってなんかいなかった。


「もちろんです。私は王族としての使命を一番に考えてまいりました。それに、これはガトートスが関わっている可能性があります。何卒、目を離さないようにお願いいたします」


「うむ。心得ておこう」


二人の会話はそれだけだった。


ガトートスがやってきたからだ。


だが、異様な状況だった。


エリスを連れてくるはずだったのに……連れてきたのは顔に包帯を幾重にも巻いた女だったからだ。


彼女もまた、裸同然の姿だった。


よく見れば、包帯は顔だけではなく、手や足にも厳重に巻かれていた。


「父上、連れてまいりました。これがこいつと不義を交わした女です」


これがエリス、だと?


そんな馬鹿な。


ベッドの上では間違いなく、前から見ていた綺麗な顔をした姿をしていた。


それがなぜ、包帯が巻かれているのだ?


「ガトートス。どういうことか、説明せよ」


王の問いかけに、ガトートスは一切、動揺する様子はなかった。


「はい。実は俺がこいつの寝所に出向いたら、あろうことか、こいつが俺の前で毒を飲んだのです」


何を馬鹿な。


寝所に毒なんてある訳がない。


それともエリスが持っていたとでも?


下らない。


こんなのはガトートスの筋書きに決まっている。


「王よ。これはやはりガトートスが僕に汚名を着せるためにやったことで間違いありません!」


エリスに毒を飲ませたのはやり過ぎだったな。


さすがに王もガトートスに疑いの目を掛けるに違いない。


「ガトートス。ロッシュはこう言っているが? 何か、言うことはあるか?」

「ふざけるな、の一言ですよ。俺がやったって? 自分は疑われれば、証拠を出せとほざくくせに、俺には平然と証拠もなく疑ってくる。どうかしてんのか?」


たしかに証拠は……ない。


いや、エリスに聞けばいい話だ。


「エリス……教えてくれ。頼むから、真実を……」

「……」


彼女は必死に何かを言おうとしていた。


しかし、包帯の間から見える彼女の目から涙があふれるだけだった。


期待した言葉どころか、何も話さない。


「どうしたっていうんだ? なあ、聞かせてくれ……」

「……」


彼女は喉をかきむしるような動作をして、何かを伝えようとするが何も分からない。


一つだけわかったことがある。


「おっと、それ以上は可哀想ってもんだ。こいつは毒のせいで話せないんだぜ」


……やっぱり……


憎しみが全身を支配するのに時間はかからなかった。


「ガトートス。貴様! ここまでするとは……」


「あん? だから、言ってんだろ? 証拠を出せよ。適当なことを言っていると、王族侮辱罪で牢獄にぶち込むぞ!」


こいつ……王族侮辱罪は王族同士では適用されない。


つまり、すでに僕を王族とみなしてはいないということか。


こうなったら、頼みは……


「父上!」


さっきの温かい言葉は嘘のようだった。


冷たい視線が否応なく降り注ぐ。


「まずは調べてみよう。それで白黒が付くはずだ」


王の言葉を待っていたかのように、女官が包帯だかけのエリスを別室に連れて行ってしまった。


再び訪れる静寂。


王は再び口を開くことはなかった。


ガトートスが静かにこちらに近づいてきた。


「へへへ。これがお前もおしまいだな。まぁ、ちょっとの間だけ次期王としての地位を楽しめたんだ。それだけでも幸せってもんよ。これからは……俺の番だな」


「貴様!」


ガトートスを殺したい。


たとえ、王族として人生を終えることが出来なくても、ガトートスだけは……


頑丈に締められた縄が体に食い込み、血が滲み出してくる。


「おおっと。怖いね。だがよ。思うんだよ。お前のこれからを考えると不憫だなってな」


なに?


どの口がそんな事を……


「おそらく待っているのは処刑だ。それくらいの罪なんだからな。だがよ、俺から減刑を申し出たらどうだ? きっと、俺のことを皆が喝采するだろうな。心優しい次期王だってな」


どこまで愚劣なやつなんだ。


相手を陥れて、それだけでも飽き足らず、自らの栄達のために相手の尊厳まで奪うとは……


「お前だけは絶対に許さない。何があっても、僕は身の潔白を証明する。エリスが……きっと、エリスが……」

「おお? いいね。信じる者っていうのは……でもよ、エリスって女、本当に信用できるのか?」


どう言う意味だ?


「おおっと。やってきたみたいだな。これで、お前とはお別れだな。お疲れさん」


こいつは何を隠している?


エリスの何を知っているっていうんだ。


「陛下……彼女を調べましたところ、黒でございました。複数の者で確認しましたので、間違いはございません」


王の表情は微動打にしなかった。


「うむ。ご苦労。お前たちは下がっていなさい」


下女たちが静かに玉座の間から出ていった。


「これでハッキリしました。父上、こいつに処罰を」


エリスが?


僕が本当にエリスを?


そんな……だが、記憶がないのは事実。


昨晩に何が起こったのか、確信を持って言えることはない……だが、王族としての心が絶対に認めない。


だとしたら、下女が嘘を?


しかし、ガトートスといえども父上直属の下女にどうこうは出来まい。


だとしたら、父上も加担していた?


だが、次期王として指名しておきながら、このような事態になれば、王として資質を問われかねない。


王にとって僕を失脚させるのは魅力的な話と思えない。


だとしたら……


分からない。


何も分からない。


ただただ、父上が正常な……正しい判断をすることを期待するだけだった。


「ロッシュよ。これだけの証拠を見せつけられれば、一国の王として処断しなければならない。これが王としての責務。ないがしろには出来ぬのだ」


言葉から苦しみが滲み出しているような気がする。


だが、期待したような言葉が出てくることはなかった。


「お前を王族の名を汚した罪で……」

「ちょっと待ってくれ。父上。こいつの刑を言う前に聞いてほしいんだ。俺は……たとえ罪を犯した兄であっても生きていて欲しい。更生する機会を与えてほしいんだ。頼む。父上!」


もっともらしい事を言っているが、全ては自分の評判を考えてのこと。


本当にクソ野郎だ。


「うむ。それもそうだな。それで? 何か、妙案でもあるのか?」

「ああ。あるさ。今のこいつにうってつけのものがな……」


王の決断は早かった。


ガトートスの言い分をすべて認め、即時に刑が下った。


『ロッシュ=アウ-ディアは即時、王族としての地位を剥奪する』

『同時にロッシュ=イルスと名を改め、奴隷商貴族の地位を与える』


これが僕に下された処刑だった……。

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