第4話 奴隷商、印を刻まれる
城の外は寒かった。
それもそうだ。
ほとんど裸同然なのだから。
だが、エリスの方が困った状態だ。
いくら包帯で巻かれているとは言え、僕と同じような状態だ。
しかも、彼女は毒を持った後遺症なのか、満足に体を動かすことが出来ない。
とりあえず、どこかで服を調達しなければ……。
王城から街に出るまではいくつかの門がある。
そこを抜ければ……正真正銘、奴隷商貴族として生きていかなければならない。
しかも、金もなく、ちらっと彼女を見る。
とても売れそうもない彼女を連れていかなければならない。
一瞬は考えた。
彼女をどこかで捨ててしまうことを。
しかし、それはできない。
奴隷商が奴隷を捨てるのは大きな罪となるが、そうじゃない。
彼女もまた、被害者なのだ。
僕の政争に巻き込まれてしまった。
だったら、僕は彼女を守らなければならない。
この気持ちを捨ててしまえば、人ではなく野獣となってしまうだろう。
「エリス。立てるか?」
答えることが出来ない彼女は首を横に振るだけだった。
意識があるだけマシなのかも知れないが、歩けない者を連れて行くのは正直、大変だ。
「済まないが、体に触らせてもらうぞ」
それだけを言って、彼女を背に乗せた。
これで彼女の体を衆目から避けることも出来る。
服を調達できるまでは……
一つ目の門は簡単に通過できた。
近衛兵が配備され、そのほとんどは貴族の子弟だ。
「東門に行け。お前に伝達することがあると報告を受けている」
それだけだった。
かつて第一王子として通った時は、このような態度は一切取られなかったのに……
「……分かりました……すみませんが、何でも構わないので服を頂けませんか?」
ここは一応は屯所が裏にある。
服くらいあると思ったのだが……
「おい、こいつ。物乞いみたいだぜ。おい、俺の靴を舐めたら、服くらいやるよ」
「やめろよ。元とはいえ、王子なんだぜ。服くらい……」
衛兵の二人が少し揉めていた。
「うるせぇな。こいつは貴族以下……いや、人間以下の存在なんだよ。それを分からせてやるのも優しさだろ? これから街に出たら、こんなものじゃないからな」
「だとしても……勝手にしてろ。俺はあっちにいっているからな」
こんなにも奴隷商貴族が酷い扱いを受けるのか?
僕は……やっていけるのか?
「へへへっ。邪魔が入ったな。ほら、靴をなめろ!」
……ここで激昂して、相手にしないのも簡単だ。
しかし、背中にいる彼女を今のままにしておく訳にはいかない。
エリスのためならば……
僕はエリスをひとまず下ろした。
膝を折り、手を地に付け、顔を靴に近づける。
「ハッハッハ。なんて情けねぇんだ! これが元王子の行いかねぇ! だがよ!」
そういうと、衛兵は靴で思いっきり、顔を蹴りつけていた。
鼻から血が吹き出した。
「きったねぇな。てめぇの血で靴が汚れちまった。くそっ」
衛兵がその辺りにあったボロ布で靴を拭き始めた。
そして、何かに気付いたのか、ニヤリとした。
「そういえば、服が欲しいって言ってたな? ほらよ、これをくれてやる。俺からの惨めなお前に餞別だぜ」
そう言って、投げてきたのは靴を拭いていたボロ布。
ところどころ赤く染まったボロ布は服だった。
仕立てはそこまで悪くはないが、靴を拭いたせいで泥と血が付いていた。
とても、着たいと思えるような服ではないが……
「さっさと行け。このドブネズミが」
僕はなんとか起き上がり、服を手にした。
エリスを再び背負い、その場を後にする。
涙が溢れ出した。
惨めだ。
こんなボロ服をもらうために、靴を舐めさせられ、そして蹴られた。
昨日までの自分を想像して、どうして、こんなに惨めなのか……
涙が止まらなかった。
でも、背負う彼女を守らなければならない。
その一心で……次の門に行く前で彼女にボロ服を着させた。
一応は隠すべきところは隠せたが……彼女の肢体の魅力が否応なく強調されてしまう。
少しサイズが小さいみたいだ。
だが、そんな事を考えている場合ではない。
次の門に向かうと……
「イルス。こっちだ」
誰かと思えば……こいつは同じ学園に通っていた一番の友だ。名はルドベック。
公爵家の跡取りだ。
「ルド。こんな姿ですまない」
「何、気にするな。それにしても大変だったな。まさか、こんなことになるなんてな」
良かった。
ルドベックは前と同じような態度で接してくれた。
「ああ。だが、僕はここで終わるつもりはない。必ず、ここに戻ってくる。ルド、待っていてくれるか?」
「ん? ああ、もちろんだ」
やっぱり、こいつは親友だ。
「そういえば、ここの衛兵が話があるみたいだぞ。どうだろう? 俺も同行してもいいか?」
「もちろんだ」
こいつならば信用が出来る。
東門の衛兵はやはり僕に対しての態度は酷いものだった。
だが、それも少し慣れ始めている自分がいた。
奴隷商としての荷物の受け渡しなどの手続きについての話だった。
奴隷は王宮の外れにある処刑場で受け取ることが出来る。
手続きは東門でやるので、ここに来なければならない。
話が終わったと思い、立ち上がろうとすると急に衛兵達に取り押さえられた。
「な、何をするんだ!」
二人がかりで押さえつけられ、身動きが取れない。
……冗談だろ?
ルドベックが棒を握っている。
「ルド。何をするつもりなんだ?」
「ああ。これ? 見て分からないか? 焼きごてだよ。お前に烙印を押すんだよ。奴隷商貴族のな」
棒の先には赤く燃えるようなものが付いていた。
「ふざけるな。そんなもの……僕達、親友だろ? なんで、こんなことを」
「クックックッ。ダメだ。笑いを堪えるのが限界だ」
「ルド?」
「これが見たかったんだ。イルスはいつも上から目線で嫌なやつだったよ。こんなやつに一生仕えると思ったら、反吐が出る」
……なんで気付かなかったんだ?
こいつは最初から、僕をイルスと呼んでいた。
「だが、この烙印で、お前は一生、奴隷以下の生活しかできなくなる。それがな……」
ルド?
俯き、プルプルと震えている。
泣いているのか?
「嬉しくて堪らないんだよ!」
「あああああっ!」
嫌な臭いが鼻につく。
目の下に当てつけられた焼きごて。
痛い……痛い……。
「まだ、終わりじゃないぜ。ここもだ」
再び、走る痛み。
右肩に激痛が走る。
「最高だぜ。これで服を着ようが、隠せないはずだぜ。お前はずっと衆目にこの烙印を晒すんだ」
この下衆が……。
「それにしても、こんな役目をくれるなんてな。ガトートス様は最高だぜ。あの人こそ、この国の王に相応しい」
こいつもガトートスと繋がっていたのか……
一体、どこまであいつの毒牙にかかっていると言うんだ?
分からない……
何も考えつくこともなく、ただ痛みだけが体を支配していた。
「じゃあな。もう二度と会うこともないだろう」
街に放り出された。
僕はしばらく身動きを取ることは出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます