第33話 愛する人がいるのは幸せ
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――私、結構損な役回りじゃないかしら? 一連の出来事の中心にいながら、最後まで一番の部外者だったのだから。
というのもね、私がヨーク橋から見事なダイブを決めた丁度その頃、ジェラルド殿下はどこか遠い場所で敵を囲い込んで、隣国の陰謀を暴いていたみたいなの。そりゃあもう、見事な決め顔だったとか。
なんだとか、かんだとか論理的にまくし立てて、ビシィと指で差して、『犯人はお前だ! 全部お見通しだ!』的なやつをやったのでしょうね。
菫姫が邪魔だから殺しちゃおうなんてやつは、国賊だものね。どうせ金に目が眩んだやつらでしょう? 義憤に駆られて行動を起こした、というわけでもない。そんな利己的な連中は、散々な目に遭わせてやればいいのよ。
とはいえ、まぁ、『なんでジェラルド殿下が全部いいとこ取りするのよ?』とは思わなくもないけれども。――自国のことならまだしも、隣国のいざこざだからね!
その場には兄のクライヴも居て、やはりなんだとか、かんだとか、敵に説教したらしいわ。……ぷぷ、笑っちゃう……クライヴのドヤ顔、想像しただけで、うけるわぁ。
それからその場には、リン・ミッチャムの姿もあったのですって。リンは可愛い地顔を精一杯厳しく保って、締めくくりに立ち会ったのだとか。
あとは、そうそう――ウィリアムの妹、小悪魔シディもちゃっかりそこに居て、彼女はノリノリで賑やかしをしたらしい。『イェイ! やっちゃえー!』とか言いながら、扇を振り回してぴょんぴょん飛び跳ねている様子が、まざまざと思い浮かぶわぁ。
そこにハモンド卿は居たのかしらね? 居たとしても、フィクサー気取りで、衝立の陰から出て来なかったかもしれないわね。
なんかオールスター勢揃いで、ちょっと楽しそうよね。――ずるいわ、私も混ぜなさいよ、って感じ。美人な私が居たほうが、絶対に画が引き締ったはずよ!
こちらはまだ絶賛川泳ぎ中で、そりゃもう必死だったわよ。雨に濡れた野良犬のような有様だったわ、まったく。
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彼が引っ張ってくれて、二人は岸辺まで辿り着いた。水から上がり、肩で息をつく。
クリスティは彼に言わなければならないことがあった。
「あの、ウィリアム……私、どうしよう。カーラに強要されて、婚姻無効申請書にサインさせられたの。クロスボウで脅されて、仕方なく。――私が不貞を犯したから、神前での誓いを無効にしてくださいという内容。あれが提出されたら、私、チャリス教皇に処刑されてしまう」
「――チャリス教皇は失脚した」
ウィリアムの言葉に、クリスティはポカンと口を開けてしまった。
「え? いつ?」
「今日」
「そんな急に?」
「こちらはそのために作戦を立てて動いてきたから、急ってわけでもないんだが……まぁ色々あってね」
「でも、チャリス教皇が退いたとしても、制度自体が変わるわけじゃないでしょう? 当国は不貞行為を問題視しているし、あの書面は公的に拘束力を持つものよ。……私、これから国外逃亡しようかしら。カニ漁船に乗せてもらおうかな? シディはカニ漁船にコネがあるようなのよ」
親友のカーラをぶち込もうとしたくらいだもの。カーラが逃げ出してしまったから、欠員一名なわけよね?
「早まるな!」
クリスティならやりかねないと思ったのか、ウィリアムが必死で止める。なんというかもう、全力の制止だった。
「私はカニ漁船では生きていけないかしら? お嬢様すぎて」
「いや、君はきっと一番の漁師になれるよ。僕が言いたいのは、そうじゃなくて――」
「やっぱり向いているわよね?」クリスティは目をピコンと輝かせた。「なんかそんな気がするの! 美味しいカニの食べ方を教わったら、あなたに手紙を書くわ」
「だめだ! 船には乗せないぞ!」
「でもぉ」
「カーラは僕が責任を持って、必ず捕まえる。書類も回収する。大丈夫だから安心してくれ」
「そうかなぁ……カーラってゴキブリ並みにしぶといのよ」
「約束する。だから勝手に国外逃亡するなよ」
「分かった。あなたがそこまで頼み込むなら、しないわ」
「本当だな?」
「本当よ。しつこいわねぇ。どれだけ信用ないのよ、私」
「君って女はなんでもかんでも急だから! こっちはヒヤヒヤし通しなんだ」
「ヒヤヒヤするの?」
クリスティがこちらの瞳を覗き込み、悪戯に尋ねる。ウィリアムは催眠術にでもかけられたかのように、彼女の生き生きとした表情に魅入っていた。
「……うん」
「それだけ?」
「クリスティ」
二人の顔がゆっくりと近付き、あともう少しで……というところで、クリスティがふっと身を起こした。この『お預け』は中々に残酷である。
ウィリアムは翻弄されっぱなしであったけれど、結局、彼女に逆らえない。
「この際だから、あなたに言いたいことを言っていい?」
「ああはい、どうぞ。この際だから、なんでも聞くよ」
ウィリアムの肩は若干落ちていたけれど、クリスティは彼の瞳の中に、優しさを見い出していた。祖父が言った、『心を閉ざしてはだめだ』という台詞が脳裏に蘇った。
お祖父様……彼なら、私を理解してくれるかしら? ちゃんと受け止めてくれる? とにかく、私、やってみるわ。彼に自分の想いを伝えたい。
クリスティはウィリアムに縋った。二人ともびしょ濡れで散々な有様だったけれど、クリスティの胸の中は熱いもので満ちていた。
「以前あなたに脅されたとおり、私の兄、コリンはゲイなの。――それで、私はゲイの兄が好き。だって彼、いい人だもの。とても愛情深い人なの。彼が誰を愛そうが、彼の自由よ。それをあなたにも分かって欲しい」
「――僕も君の兄が好きだよ」
「嘘」
「本当だ、クリスティ。君が愛する兄だから、僕にとっても大事な人だ。――彼の愛する相手が、同性か、異性か、そんなのは、どうだっていいことだよ。心からそう思う。この世界に愛する人がいる――それだけで幸せなことだから」
二人は固く抱き合った。
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