第27話 祖父の誕生日①
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――祖父の誕生日。私たち家族はモズレー子爵家に集まり、それを祝った。夫のウィリアムは用があって来られなかったけれど、それは別にいい。
とにかく私は喜びの絶頂にいた。世界は薔薇色に見えた。祖父には数週間前にソーン病の薬を渡していたから、全ての障害が取り払われたように思えていたのだ。
……私は愚かだっただろうか? ええ、そうかもしれない。
好調な時ほど、足元をしっかり見なさい。はしゃがないで。――ほら、転ばないように。
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クリスティがあまりに能天気に見えたせいか、兄のクライヴはなんだか苦い顔をしていた。
食事を終えて広間に移り、少したった頃、彼が近寄って来た。
「――クリスティ。お前に一つ、言っておくことがある」
「なぁに?」
クリスティは微かに眉根を寄せ、兄の不景気な顔を見上げた。彼は若いリン・ミッチャムと婚約中なのに、ちっとも幸せそうに見えない。幸せどころか、ますます頑固に、悲観的になっているように感じられるほどだった。
「お祝いの席で、お説教はやめてよね」
「説教をするつもりはない。ただまぁ……良い話でないのは確かだが」
「聞きたくないわ」
「だがお前は聞いておいたほうがいい」
「なんだっていうの?」
「コリンのことだ」
クリスティは表情を失い、兄を黙って見上げた。――クライヴが自主的に弟(コリン)のことを口に出したのは、おそらくこれが初めてのことだ。クライヴはいつも慎重にこの話題を避けてきた。そうすることで『下町で暮らす弟には、一切関わりたくない』と表明しているみたいだった。
そしてクリスティはずっと、クライヴのそういうところを嫌っていた。血の通わない冷血漢のように思えたからだ。そのせいで二人のあいだには埋めようのない溝ができていた。たぶん二人の不仲は、ここに原因があった。クライヴのほうが妹を疎んじているようで、実際のところ、クリスティのほうが兄を許していなかったのだ。
クライヴが憂鬱そうに続ける。
「……チャリス教皇がこのところ、同性愛者への弾圧をさらに強めている。コリンは危険な状況だ。覚悟しておいて欲しい」
「覚悟って……」
「異端審問にかけられ、断罪されるかもしれない」
「だけど、黙ってはいないでしょう? ――父様も、あなたも」
「チャリス教皇の狙いはそれだから、思惑に乗るわけにはいかない」
「何を言っているの?」
「コリンが身内であることを表明すれば、今度は父の不貞行為を問われることになる。クォーリア侯爵家としては、静観するしかない」
「馬鹿げている」
「仕方のないことだ」
「仕方ないですって? ふざけないで!」
クリスティの感情的な台詞は周囲の注意を引いた。皆が『どうした』というように様子を窺っているので、クライヴは妹の肩に手を置き、窓際に彼女をいざなった。
なるべく声を潜めるようにして、クリスティに告げる。
「落ち着け。コリンはまだ拘束されたわけじゃない。運が良ければ切り抜けられる」
「運が良ければ? クライヴはものすごく冷たいわ。人の心がないのよ」
「クリスティ、僕は――」
「自分しか可愛くないのよ、あなたは。コリンは弟でしょ。半分血が繋がった兄弟じゃない。どうしてそんなふうに突き放せるの?」
クリスティは涙ぐんでいた。クライヴは傷付いたように彼女を眺めおろした。
「どうしてお前は、そんなふうに僕が、何も感じていないと思えるんだ? 僕はお前のように気楽には振舞えない。うちが没落したら、家族はどうなる? 父は――そう、自業自得かもしれないよ。でも母は? そしてお前は? 僕はコリンに情を移すことはできなかった。一緒に暮らしたことがないコリンに肩入れして、大切な者を危険に晒すわけにはいかなかったからだ。――分かるか? 大切な者の中には、お前も入っているんだ」
「クライヴの馬鹿。あなたなんて、大嫌い」
クリスティはクライヴを睨み上げ、涙を零しながら、踵を返した。内心では、クライヴは正しいのだと分かっていた。だけどこうして反発していれば、自分はまだ子供のままでいられる。――クリスティは惨めな気持ちで涙を拭った。
暖炉の前に居たモズレー子爵は、走り去る孫娘の姿を目で追っていた。
クリスティが部屋から出て行くと、彼は視線を暖炉のほうに戻した。モズレー子爵はしばらくのあいだ物思う様子で、はぜる炎を眺めていた。
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