第26話 私を抱いていいぞ、ウィリアム
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――一年戦争も、そろそろ終盤かしら。
冬。
ウィリアムとの関係は相変わらずであったから、私は、これがずっと続くものと考えていたの。二人、顔を合わせては不毛な喧嘩を繰り返し、互いに年だけ取っていくんじゃないか、って。
だけど彼は私の予想を裏切った。彼はある日、とんでもなく良い夫になったのよ!
私は彼に感謝した。そして神様にも。――おお、神様! ありがとうございます!
私のアイ・ラブ・ユーは届いたかしら? その答えは、きっともうすぐ出ることになる。
この時の私は、まだ絶賛迷子中だったのかも。だって何も分かっていなかったのだから。
人生って、複雑な迷路みたいよね。――とにかく進め。進め。前へ。前へ。そして時々、戻る。疲れたら一旦休むのも、作戦としては有りよ。
だけど休んでいるあいだは、まだ迷路の中だから、どうか気をつけて。
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帰宅した彼が、『話がある』と言って、クリスティを書斎に連れて行った。
扉を閉めたところで、彼はクリスティを見おろし、
「――これを君に」
と言って紙袋を手渡してきた。書斎にはソファもあるが、彼はそこへ行くことはなく、立ち話を選んだようだ。気が急いているというよりも、必要なことだけさっと告げて、すぐここを出るつもりのようだった。
クリスティは紙袋を受け取りながら、ちらりと彼の顔を見上げた。
「改まった空気を醸し出してくるものだから、あなたに殺されるのかと思ったわ」
「殺すつもりなら、屋敷の外でやるよ。ここでやると掃除が大変だから」
ウィリアムがシレッとブラックジョークで返す。クリスティは少し楽しい気持ちになった。
「武器は何を使うつもり?」
「何がいい? 選んでいいよ」
「じゃあ、糸つむぎがいいわ」
「糸つむぎでどうやって殺すんだ?」
「私があなたを仕留める時に、詳しくレクチャーしてあげる。――それで、これは?」
「『ソーン病』の特効薬だ。特別なツテを頼って、隣国から手に入れた」
袋を開ける時、手が微かに震えてしまった。中には小瓶に入った粉末と、用法用量が記載された処方箋が入っていた。
隣国との国交は途絶えている。そしてこの薬は王室に保管されていて、容易く手に入るようなものではなかった。現にクリスティは方々手を尽くしてみたけれど、結局、入手することはできなかったのだ。
求めてやまなかったものが、今ここに……手の中にあるというの?
「……どうして?」
「以前リンに話しただろう、モズレー子爵の病気のことを。……知らなかった。君がおじいちゃん子だったなんて」
「私……なんと言ったらいいか……」
クリスティは途方に暮れてしまった。ウィリアムは少し困ったようにクリスティの顔を覗き込んだ。
「簡単なことだ。ありがとうと言えばいい。それで済むよ」
クリスティの顔がくしゃりと歪んだ。いつもツンと澄ました彼女の美しい面差しが、一瞬、幼子のようにあどけなく見えた。
彼女は近くにあった小卓に紙袋をそっと置き、足早に戻って来た。――そうしてウィリアムの首に手を回すと、ぎゅっと抱き着いてきたのだ。
ウィリアムは彼女を抱き留め、ポンポン、と優しく背中を叩いてやった。
耳元で、彼女の涙声。
「……一生恩に着る」
「そうか。良かった」
「ありがとう、ウィリアム。ありがとう」
「うん」
「ありがとう、本当にありがとう」
クリスティは感動が治まらなかったのか、ピョンと床を蹴り、ジャンプしてウィリアムに飛びついた。両足を彼の腰に絡めるように回し、なんとも慎みに欠いた抱き着き方をしてきた。裾の長いドレスを身に纏って、よくぞこんな芸当ができるものだ。
抱き着かれたウィリアムは、ズリ落ちそうになる彼女の腰を支えてやらねばならなかった。互いの体が密着し、隙間がないくらいであったので、ウィリアムはこの状態にしんどさを感じた。砂漠を歩いていて、喉の渇きが限界に達した時、やっと水を手に入れたのに、それが開けることのできないボトルに入っていたような気分だった。
「……はしたないぞ、クリスティ」
「私を抱いていいぞ、ウィリアム」
「馬鹿」
クリスティはやっと地面に足を下ろし、ウィリアムの顔を見上げてにっこり笑った。目尻には涙が滲んでいる。
――雨上がりの空にかかる、虹のようだな、とウィリアムは思った。
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