第18話 結婚カウンセラー襲来


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 ――彼との小競り合いは長いこと続いたの。コトコト、コトコト、じっくり煮込んだシチューみたいに、私たちの喧嘩は熟成されていった。


 だけどウィリアムはなんていうか……二人のあいだに線を引いて、それを踏まないようにしている感じだった。


 これだけやり合っているんだもの、感情がホットだったなら、うっかり境界線を越えそうなものじゃない? たとえば手が出るだとか、こちらが生命の危機を感じるほどの憎悪をぶつけてくるだとか。


 けれど彼は喧嘩していても、いつもどこか冷静だった。


 だから私たちは、予定調和のような争いを続けた。……茶番、てやつね。


 ――そして、秋。


 ここでちょっとした変化が起こった。なぜかジェラルド殿下が私たち夫婦の仲を心配して、結婚カウンセラーを寄越したのよ。


 殿下からのせっかくのお気遣いですものね。もちろん私は、ノリノリでカウンセリングに臨んだわ!


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 屋敷に乗り込んで来たカウンセラーは五十歳くらいのご機嫌な女性だった。


「――ルビー・クリビンスよ。ルビーと呼んでちょうだい。どうぞよろしく」


 ボレロのような個性的なドレスは、デザインばかりでなく、柄のほうもかなり独特だった。古びた田舎屋敷の壁紙を思わせる模様であるが、一周回って、それがなんだかお洒落にも見えてくる。


 ルビー・クリビンスは声も独特であり、鼻を摘まんで、喉を潰してから無理に押し出しているような、ユーモラスな話し方をした。


 出会って約五秒で、クリスティとウィリアムは、ルビーがただ者ではなさそうだとなんとなく悟った。


 一同は客間で顔を合わせていた。クリスティとウィリアムが長椅子に並んで腰を下ろし、ルビーは少し離れた場所に佇み、夫妻を見おろす。彼女は『まず、言いたいことを言い終るまでは、私はソファには腰掛けませんよ』というスタンスだった。


「初めに。――わたくしが所属している団体は、独立機関であり、何者の干渉も受けません。よって、お二人の秘密が外部に漏れることはありませんので、ご安心ください。――OK?」


「OK」


 クリスティは軽く頷いてみせた。笑み交じりでもあった。


 一方、ウィリアムのほうは、かなり困惑している様子だった。


 しかしルビーはそれに頓着することなく、ぐいぐい話を進めて行く。


「どんな圧力にも屈しません。わたくしは最後まで鋼の意志で仕事をやり遂げます。――以降、あなた方は、夫婦関係を修復するため、最大限の努力を払う義務を負うことになる。どちらかが手抜きをしたことが判明した場合、キツ~い罰則が与えられますので、そのつもりで」


「ちょっと待ってください」ウィリアムがさすがにストップをかけた。「キツい罰則? 一体、あなたになんの権限があって」


「その旨、契約を交わしますので」


 ルビーは片眉を上げ、つんと澄まして告げる。


「契約? 誰と?」


「わたくしと、あなた方が」


「そんなリスキーな契約を交わすつもりはありませんが」


「ジェラルド殿下たってのご希望で、わたくしはここへ来ております。それをバッサリ断ると? へぇ? あなた、正気?」


 奇人変人を眺めるかのように、ルビーが顎に手を当てながら、まじまじと見おろしてくるもので、ウィリアムは居心地が悪そうだった。


「……殿下は何を考えているんだ……」


 クリスティは瞳を輝かせ、「はーい!」と元気に挙手してから質問した。


「キツい罰則って、なんでしょう?」


 ルビーは口元に笑みを浮かべ、ご機嫌でクリスティに視線を移した。


「その者が所有する財産の全てが、配偶者に移ります」


「なんだって?」


 ウィリアムは驚愕した。そんな馬鹿な!


「やったぁ! これでウィリアムを丸裸にして、惨めな負け犬にしてやれるわぁ! 神様、ありがとう!」


 クリスティは歓喜した。この頑固男が、夫婦関係を修復するために努力なんかするわけがない。これは勝ったも同然である。


「そんな馬鹿なこと――」


「あのね」とルビーがウィリアムを見据える。なんならちょっとキレ気味ですらあった。「関係を修復すべく、大人として、しっかり努力すればいいだけの話でしょ。それを妨害するようなら、財産没収しますって言ってんの。簡単な話でしょうが――ちゃんとやれよ、若造、おい」


 柄が悪いな。……こっちが地か? ウィリアムはげんなりした。


「無茶苦茶だ」


「別にね、結果的に離婚に至るなら、それはそれで構わないんですよ。やるだけやってだめなら、罰則はないの。――当国が、離婚手続きに関して、かなり高いハードルを設けているのは承知していますね?」


「ええ」


「相応の理由がなければ離婚は認められないし、万が一それが認められた場合は、強い拘束力を持つ。つまり、同じ相手と再婚することはできない決まりなの。そういった事情もあって、慎重に進めるために、我々が存在するのです。――中立な者がちゃんと見ませんとね」


「……分かりました」


「よろしい。それではここにサインを」


 ルビーは派手な柄のカバンから書類を三組取り出し、テーブルの上に置いた。そして夫妻にサインをさせると、一組を自分、一組をウィリアム、一組をクリスティに渡した。


「――契約成立です。実際にカウンセリングを進めるのは、次回からにしましょう」


「次回、何を?」


「互いの趣味嗜好を学ぶ時間にしましょうね。――それぞれオススメの本を用意しておいてください。それを読み合わせしましょう。音読するので、長くても十五分以内で読み終わるものがよいです」


「私、ルビーのことが好きになったわ。ピンと来たの」


 クリスティは別れ際、ルビーに思い切りハグをした。口先だけでの言葉ではなく、意外にも、クリスティの声音には親愛の情が溢れていた。二人のあいだには親子ほどの年齢差があるようだが、クリスティはそういうことはまるで気にしないらしい。


 ――変人同士、何か通ずるものがあったんだな、とウィリアムは解釈した。


 ところでウィリアムは、カウンセラーの一連の言動から『極度に神経質な人』という印象を抱いていたので、ハグを嫌がるんじゃないかと思ったのだ。


 しかしルビーは嬉しそうにこれを受け止め、


「もうお友達ね!」


 とか血迷ったことを言い出したもので、ウィリアムは半目になり、腰に手を当ててしまった。


 ……さっき、中立な立場で見るって言っていなかったか。どこがだよ。


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