第15話 ウィリアムの事情③


 そしてウィリアムは、クォーリア侯爵家に、婚約解消の打診をした。結果、強硬に突っ撥ねられ、三度、それが繰り返された。


「無理でした」


 義理は果たしたとばかりにウィリアムがそう報告すると、ジェラルド殿下はクリスティの兄君であるクライヴ・クォーリアを呼び出した。


 クライヴは刃物でも振るうようなキレの良さで、阿呆なことを言い出した。


「こうなったら強行突破だ。――今度のパーティで、公衆の面前で、情け容赦なくやっちゃって欲しい」


「いやあんた、何言ってんの?」


 年長者であり、身分的にも上のクライヴに、ついぞんざいな口をきいてしまった。――イカレてんのか、と思った。クリスティも大概だが、兄も相当なもんだぞ、これ。


「妹の傍若無人ぶりは手がつけられない。君には分からないかもしれないが、これが最後のチャンスなんだ。妹は痛い目に遭って、やっとまともになれるかもしれない。頼む!」


 懇願されても知ったこっちゃない。ウィリアムは断固拒否の構えだった。しかし……


「この話は断れないんだ、ウィリアム」ジェラルド殿下が厳しい表情を浮かべている。「君が善良で、曲がったことが嫌いな男だというのは、よく分かっている。でもこれは断れない」


「殿下……」


「ウィリアム・ウィンタースで進めろという具体的な指示が、ハモンド卿から出されている。諦めてくれ」


 ウィリアムは言葉もなかった。


 動揺している彼に、クライヴがさらに駄目押しをする。


「君が胸を痛めることはない。これはクリスティ自身のためなんだから。――あいつはこのまま君と結婚したら、傲慢さを改めることもなく、いつか絶対に道を踏み外す。バッサリやるのは、あいつのためでもあるんだ。そして僕のためでもある。僕はもうあの悪魔に振り回されて、変になりそうなんだ!」


 クライヴの魂の叫びが声高らかに響き渡り、部屋に虚しく残響した。


「――それから重要なことがもう一つ」


 ジェラルド殿下が仕切り直した。


「君たちにはこれから、秘密保持契約書にサインしてもらう。本件に関しては、一年後ミッションを終えるまで、一切口外してはならない。信用している家族であろうが、相手が誰であろうが」


 これについてウィリアムは特に驚かなかった。秘密というものは、知っている人間の数が少ないほど、外に漏れるリスクが減る。家族や恋人をどんなに信頼していても、漏らしてはいけないたぐいの話はあるのだ。


 部外者が変に知り過ぎていると、敵に拷問されて洗いざらい吐かされ、さらにその者から情報を引き出せるかもしれないと、拷問がエスカレートするリスクもあるので、知らないほうがかえって安全ということもある。


「では、担当者はここにいる三名のみでよろしいですか?」


 ジェラルド殿下、クライヴ、ウィリアム――警護などで別途兵は必要だろうが、機密事項を知り、作戦を実行する者はこの三名ということだろうか。――当事者である菫姫、それからハモンド卿を除けば。


 しかしジェラルド殿下はサプライズを用意していた。


「まだいる」


 どなたです、と尋ねようとしたウィリアムは、クライヴが部屋を横切り、扉を開け放つのを眺めていた。


 そうして食えない笑みを浮かべて部屋に入って来たのは、なんと――


「シディ!」


 ウィリアムは仰天した。こんなところで妹の顔を拝むことになろうとは思ってもみなかった。


 シディは「やっほー」と手をひらひら振りながら歩み寄って来た。他人を油断させる柔らかな笑みを浮かべちゃいるが、彼女が一筋縄ではいかない性格をしているのは、兄のウィリアムが一番よく承知している。


 シディはウィリアムの隣に並び、馴れ馴れしい手付きで腕を組んできた。


「兄様、しばらくよろしくね」


 語尾にハートマークがついているんじゃないか、ってくらい、ポップで甘い声。


 ウィリアムはげんなりしながら殿下を流し見た。


「……なんで」


「いや……どうせ嗅ぎ付けられるから、いっそ味方に引き入れておくか、ていう」


「どうせじゃないですよ。しっかりしてください」


「ごめん、ごめん」


 ジェラルド殿下の軽薄な態度に、ちょっと殺意が湧く。


「私が加われば、百人力ですからね! イェイ!」


 シディがぶち上げると、男連中の肩が軒並み少し丸まってしまった。


 こうしてあのパーティ当日の騒動が起こり、これまた予想外の展開に進んだ。やはりクリスティは手ごわい相手だった。


 ――ちなみにハモンド卿はさぞかしお怒りだろうと心配していたのだが、なんだかんだで丸く収まったらしい。


 クライヴが『責任を取って、自分が菫姫の婚約者役を引き受ける』と申し出たことと、クリスティの祖父であるモズレー子爵がなぜかこの件を把握していて、ハモンド卿に誠心誠意詫びを入れたおかげで、卿の怒りが解けたらしい。


 これにより、クリスティとウィリアムは、ことなきを得たのである。


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