第12話 猫ちゃんパニック


 クリスティを彼女の部屋に案内すると、ウィリアムが事務的に告げてきた。


「食卓も別々になる。君は部屋で食事を取るといい。運ばせるから」


 ――パタン――扉が閉ざされ、室内にはクリスティと彼女の侍女だけが残された。


 クリスティはその場に佇んだまま、しばらくのあいだ考えを巡らせていた。そうして彼女は『良いことを思い付いた』という様子で、口元に笑みを浮かべた。


 彼女はスキップしながらクロゼットに向かうと、中を開けて、ドレスを物色し始めたのだった。



***



 晩餐の席に二人分のカトラリーが並べられているのを見て、ウィリアムは眉根を寄せた。


 彼が着席すると同時に、計ったかのように扉が開く。


「――ごきげんよう、ウィリアム」


 彼女は堂々たる態度でそう挨拶し、部屋を横切り、こちらに近付いて来た。


 クリスティは豪華絢爛な素晴らしい細工のドレスを身に纏っていた。王宮で開かれる、とっておきの夜会に出席する時のような装い。黒地に、銀糸で見事な刺繍が施されている。細かな宝石が散りばめられ、着ている本人も含め、目も眩むような美しさだった。


 ウィリアムは頭痛を覚えた。……どういうつもりなんだ……この事態は彼の手に余った。まったくクリスティという女は、彼の思い通りになったことがない。


「……同じ席に着く気なのか?」


「部屋で食事をするのは退屈ですからね」


「君がここに居ると、僕にとっては刺激が強い」


「じゃあ、あなたが部屋に籠る?」


 クリスティは何気ないふうに尋ねたのだけれど、声音のどこかに、微かな不安が漂っているように感じられた。……それはウィリアムの気のせいだろうか。


 どのみちここまでされて、『僕は部屋で食べるよ』というのも、子供じみている。


「いいや」


 ウィリアムは短く答えた。


「そう、良かった」


「良かった? 本当にそう思うのか?」


 ウィリアムからすると信じがたいことだった。


「私ってとってもグルメなの。だからあなた、私と同席して、勉強すべきよ」


 またしても謎の上から目線だ。


「グルメというのは、君の自己申告だろう? そんなの誰だって言える」


「勝負する? 料理のソースに何が使われているか、味だけで当てるの」


「いいだろう」


「負けたほうは、罰ゲームがあるから。全裸で鞭打ちの刑よ」


 ウィリアムは咳込んでしまった。……飲みものを口に入れていなくて良かった!


 やはりクリスティは淑女として色々問題があるらしい。ウィリアムは脅威を感じていた。顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「――君は馬鹿なのか? もっと慎みを持て!」


「今のは、気の利いたジョークよ。――ほら、私が全裸で鞭打ちされているところを、想像したでしょう? カフェインより目が冴える」


 今のが、気の利いたジョークだって? イカレてるのか?


「今は夜だぞ、目が冴えたら困る!」


「それはお気の毒様」


 クリスティがふふん、と鼻で笑う。小憎らしい笑みだった。


 ――それで結果はどうだったか?


 ウィリアムは実力を見せつけた。彼がクリスティも見抜けなかったパプリカの隠し味を当てた時などは、彼女はすっかり感心したように脱力していた。


「……あなた、もっと馬鹿舌かと思っていたわぁ……」


 と思わず呟きを漏らすほどに。


 けれどそのあとで、やっぱりなんだか癪に障ったらしく、


「これくらいのことで、勝ったと思わないことね! 私、旦那様を立てる主義の女だから、譲ってあげたのよ」


 と言い張っていた。


 ウィリアムは憐れみを込めた目で彼女を眺めてやった。



***



 クリスティをやり込め、少し良い気分で寝室に入ると、部屋に大量の野良猫が放たれていた。


 にゃー、にゃー、にゃー、にゃー……


 足が泥で汚れているやつがいるのか、ベッドシーツに点々と、肉球のあとがつけられている。何匹いるのか数えようとして、猫が動き回っているため、『あのサバトラ、さっき数えたっけ?』となり、途中で勘定するのを諦めた。


 たぶん三十匹近い。


「……あのくそアマ……!」


 品のない悪態が口をついて出る。――慣れない環境下で、彼女は見事にこれをやってのけたわけだ。短時間で三十匹以上の猫を集めて来て、使用人たちに気取られることなく、ウィリアムの寝室に放った。


 クリスティは悪魔の落とし子なのかもしれない……ウィリアムは本気で疑い始めていた。



***



 あくる日。今日の朝食は日当たりの良いテラスで取るらしい。


 クリスティはご機嫌で食事をし、デザートにバニラのアイスクリームまで出されたので、さらにニコニコ顔になった。


 するとなぜか同席していたウィリアムが、彼のぶんのアイスクリーム皿を持ち、席から立ち上がったのだ。


「――ウィリアム、あなた、どうしたの?」


 彼の奇妙な行動に気を取られていたのがマズかった。――トン、と太腿に重さを感じ、ふと気付いた時には、テーブルに虎柄の猫が乗っていた。そして一匹が乗って来たと思っているうちに、次々、次々、同じことが続いた。


 ぺろ、ぺろ、ぺろ、ぺろ……


 猫三十匹が、クリスティのアイスクリーム皿に鼻先を突っ込んでいた。猫の尾がご機嫌に揺れている。


「あー!!!!! 私のアイスぅ!」


「ざまぁみろ」


「なんてことするのよ、この鬼畜!」


 涙目のクリスティを見おろしていると、ウィリアムは背筋がぞくぞくしてきた。


「君の猫だろう? アイスクリームくらい、くれてやるがいい」


「――くたばれ、くそ男!」


 クリスティはナプキンを引き裂かんばかりに握り締め、怒り狂った。


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