第11話 波乱万丈な結婚生活の始まり
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――さぁ、新婚生活の始まりよ!
私はね、夢見る乙女ではなかったから、現実はよく理解していたの。
それでなんていうか……現実的であるがゆえに、夫婦たるもの、ベッドは共にするものだとすっかり思い込んでいたのね。世継ぎを産むことを期待されているだろうな、って。
だけど彼は私を、客人のように扱ったのよ。――それも、七十代の親戚に配慮するような要領で。
私には東向きの、環境の良い、特別な客間があてがわれた。
そして義両親との同居は、ナシだった。ナシよ、ナシ。……これって、ものすごく意外だったわぁ……。
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館内を案内されながら、クリスティは彼に尋ねた。
「私たち、ウィンタース伯爵邸で暮らさないのね。あなたの両親と暮らすものと思い込んでいたから、びっくりしたわ」
夫妻の新居は郊外に構えられた屋敷だった。深い緑に囲まれ、環境はすこぶる良い。――あまりに良すぎて、年配者向けの療養所かと思ったくらい。当世の流行では、ごちゃごちゃした街中に住みたがる若者が多かったから。
ウィリアムはクリスティを見おろして、微かに小首を傾げた。
「こちらこそ、びっくりだな。まさか君が、舅、姑との同居を望んでいたとは」
「望んでいたとは言っていないわ。ただ、そう思い込んでいただけよ」
「望んでいなかったなら、いいじゃないか」
「別居になったのには、理由があるの?」
「母は君と暮らしたくないそうだ」
これを聞いたクリスティは『あら』と目を丸くしてしまった。
「やだ、お義母様ったらぁ! 美しい私と四六時中一緒にいると、緊張しちゃうのかしら?」
「どういう思考回路をしているんだ。一度、ちゃんと医者に診てもらえ」
「てことは、あなたは大丈夫? お義母様がそんなに繊細なら、あなたにもその気質が遺伝しているかもね。――美しい私とずっと一緒に居たら、緊張しちゃうんじゃない? 早く慣れてね」
「会話が成立しない……」
「でも、あなたも顔は良かったわね、そういえば」クリスティが悪戯に笑う。「毎日鏡を覗き込んでいれば、綺麗な顔は見慣れているか」
彼女にからかうような笑みを向けられて、ウィリアムは少々まごついてしまった。彼の青灰の瞳が微かに伏せられ、クリスティに囚われるのを避けようとしているかのように、彷徨う。
「……君の部屋に案内する。二階の角で、素敵な部屋だ」
しばらくたってウィリアムがやっと言葉を押し出すと、クリスティはすぐにそれを混ぜ返す。
「まず、メインから行ったら?」
「どういうこと?」
「夫妻の寝室から先に紹介したら? ってこと。それで私たち、夜の生活を生々しく想像してしまって、ドギマギするわけ。そのあとで続きの案内をしたほうが、刺激的でしょう?」
クリスティがそう言うと、ウィリアムの顔が思い切り顰められた。――驚いたことに、彼はすっかり赤面し、狼狽し、腹を立てていた。
「――そんなことにはならない!」
「なんで?」
「夫婦の寝室は一応用意してあるが、使わないからだ」
「じゃあどこで寝るの? あなた、廊下に立ったまま寝る主義とか? 器用ねぇ」
「だったらもう屋敷は必要ないだろ! 立ったまま寝られる特技があったら、僕は木陰で暮らす」
「エコ人間~」
クリスティがくく、と吹き出す。
ウィリアムはこの時、『これは愛想笑いなのか、どっちだ』と考えていた。というのも以前彼女が、『私はできる女だから、あなたの話がつまらなくても、笑ってあげるからね』と言っていたことを思い出したからだ。
「冗談じゃなくて、君と僕は、これから別々の部屋で暮らす」
そうはっきり告げてやると、クリスティが足を止めた。彼女は一瞬真顔になり、こちらを黙って見上げてきた。それは子犬のような、子猫のような、無垢な瞳に見えた。
飼い主に置いていかれそうになり、びっくりしているというような……。
しかし彼女が隙を見せたのは、ほんの一瞬だった。彼女はすぐに元の『無敵なクリスティ』に戻ってしまった。
「あなたって、私が想像していたよりも、ずっと照れ屋ね」
「……かもね」
「いいわ。――私、ここでの生活を楽しめると思う」
彼女は鼻歌を口ずさみながら歩き始めた。――ふわり、風が吹き抜けたみたいに、軽やかに。
彼女が動くと、皆がつられる。太陽を隠していた雲までもが、大慌てで退散して行きそうだった。
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