第8話 恥知らずな愛人
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――ねぇ、想像してみて? 彼の家に招かれて、晩餐の席に着こうと思ったら、なんと愛人がその場にいました。『あの女とはもう、関係も切れたでしょうね』と安心していたら、これよ。
さぁ、あなたなら、どうする?
A.男を殴る
B.愛人を殴る
――私はCを選択した。
「面白いわ。食事を始めましょう」
そのまま席に居座ってやることにしたのよ。――『ひどいじゃない、わたくし、傷付いちゃったわ』なんてハンカチを噛みながら、メソメソ泣いて、逃げ出すとでも思った?
お生憎様! もっと独創的で、手の込んだ嫌がらせを捻り出すべきだったわね。
私は優美な笑みを浮かべ、二人の顔をとっくりと眺めたあとで、
「さぁ、料理をじゃんじゃん持っていらっしゃい!」
と給仕役の使用人を促したのだった。
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クリスティからすると、リン・ミッチャムという女は、特定の砂浜で見られる『星の形をした砂』みたいな存在だった。
確かに物珍しいし、可愛いとは思うわよ。でもね、なんか――それを見せられて、こちらはどうすればいいのよ? ていう。浜辺で眺めるぶんにはいいのかもね。だけどそれになんの思い入れもない人が、ふとした瞬間にそれを見せられても、『……へぇ』としか言いようがないじゃない?
リン・ミッチャムは絹糸のように滑らかなプラチナブロンドに、菫色の瞳をした、どこか神秘的な雰囲気を漂わせた娘だった。少女めいている――十八歳のクリスティがそんな感想を抱くくらい、彼女はまだ幼い感じがした。凹凸のあまりない華奢な体。綺麗で、儚くて、ガラス細工のような娘。
食事中、リンは終始、自信なさげだった。チラチラと庇護を求めるようにウィリアムのほうを盗み見ている。
クリスティは食事を楽しみながら、特に自分から彼らに話しかけようとはしなかった。食卓を賑やかせてやる義理もない。
もっとも……二人がイチャイチャし出したら、何か嫌がらせをしてやらなくちゃと考えていたのだが、意外にも、その機会は訪れなかった。ウィリアムとリンは談笑するでもない。彼らはずっと居心地が悪そうだった。――特に、リンのほうが。
テーブルに置かれていたパン籠に、三度、菫色の瞳が向いたのを見て、クリスティは小さくため息をついていた。
「食べたいなら、食べたらいいじゃない?」
クリスティがそう尋ねると、リンは目を丸くし、こちらを見つめて来た。……まったく世話が焼けるったら。
「――ほら」
クリスティは籠を掴んで、対面のリンに『ほれほれ』と差し出す。リンは困ったようにウィリアムを流し見てから、ごくりと唾を飲み、思い切った様子でパンに手を伸ばした。
ウィリアムは心配そうにその様子を窺っている。
するとリンが手に取った丸パンを、そのまま両手で捧げ持って齧ったので、ウィリアムが『あ』という顔をした。確かにパンを千切らずにそのまま口に運ぶのは、マナー上問題がある。
――やれやれ、だった。クリスティはこんな場面を望んではいなかった。こんなことでネチネチ相手をいじめるのは、矜持が許さない。
だからクリスティは自分も手を伸ばし、パン籠から一つ取ると、それを千切ることなくそのまま齧った。リンの独自マナーにならって。
「好きに食べればいいわ。パンくらいね」
「あ……」
すると席に漂った微妙な空気に気付いたらしく、リンがうろたえ始めた。またウィリアムのほうを見て、小声で尋ねる。
「私……失敗ぃした?」
「いや……」
ウィリアムもなんとも言いようがない様子だった。きっとクリスティが帰ったあとで、正しいマナーを教えてやるつもりなのだろう。この場では、クリスティもリンと同じようにパンを千切らずにそのまま齧っているから、説明が難しかったようだ。
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