第5話 遊び人は結婚すべきではない


 ジェラルド殿下は苦い顔で、側近でもあり、友人でもあるウィリアムを眺めた。


「なんとか縁談を壊してやりたいが、現状、クォーリア侯爵は敵に回せない」


「分かっています」


 様々な葛藤を経て、ウィリアムは凪いだ状態になっていた。激しもしない彼を見つめ、ジェラルド殿下は痛々しい気持ちになる。


 ……一体なんだって彼のように素晴らしい男が、問題のあるクリスティ・クォーリアなんかに目を付けられてしまったのか。


 艶やかなブロンドの髪に、澄んだ青灰の瞳を持つウィリアムは、童話に描かれた王子様が現実世界に飛び出して来たかのような、美しい容姿をしている。そのキラキラした見た目から、女子には大変人気があるので、このような面倒事に巻き込まれてしまったのだろうか。


 しかしジェラルド殿下はウィリアムの本質を知り尽くしている。――実はウィリアム、煌びやかな外見に対し、中身は大層地味であるという矛盾を抱えた人物であった。意外と面倒見も良かったために、同性の友人からは『皆のお母さん』(なぜか『お父さん』ではない)と呼ばれるくらい、親しみやすい青年なのだ。


「しかしこのまま本当に進めていいのか、とも思っていてな。――というのも、クリスティには良くない噂がある。夜な夜な男遊びをしているというものだ。傲慢で男好きということで、陰で『悪役令嬢』と呼ばれているらしいぞ」


 ゴシップに疎いウィリアムはこの話を初めて聞いたので、虚を衝かれてしまった。


「男遊び……それはまずい」


「確かにまずい」


 この時二人は『バーリング子爵家の醜聞』を思い返していた。――それは三か月前、バーリング夫人が姦淫(かんいん)罪を理由に異端審問にかけられ、絞首刑となった事案だ。


 聖典には確かに『既婚者は不貞をしてはならない』ということと、『同性愛の禁止』について記されているのだが、教会はこれまでこの扱いをグレーにしてきた。しかし一年前に就任したチャリス教皇は独裁的な人物で、見せしめとしてバーリング夫人を断罪したのだった。


 この一件で今、貴族社会はかなりピリついている。不貞に関しては、彼らの多くに、大っぴらにはできない後ろ暗い過去があったからだ。


 これに対し、王室は慎重な姿勢を取っていた。


 教皇のやり方を遺憾に思っているものの、彼を排除してトップをすげ替えるのも難しい状況だった。チャリス教皇は力を持ち過ぎている。


「しかしまぁ……結婚したあと、遊びを止めてくれれば」


 ジェラルド殿下の言葉は気休め以外の何ものでもなかった。ウィリアムは目の前が暗くなったように感じた。


「私は思うのですが……結婚前に遊び尽くしていた人間が、結婚後、ピタリとそれを止めるなんてことが、現実にありえるんですかね? 皆無とは言いませんが、確率ってどのくらい? 1%未満なのでは?」


「うーん……」


「クリスティと結婚して、彼女が不倫をすれば、絞首刑になるかもしれない。私はそんなことで妻を失うのですか? ――遊び人は結婚すべきではないと思います」


「その考えには賛成だ」


「不幸の連鎖だ」


「どうしたものか……」


「クォーリア侯爵は、娘の教育をしていないのでしょうか」


 ウィリアムからすると信じられない感覚だった。侯爵は自身の立場が盤石であると考えているようだが、それはお気楽が過ぎるというものではないか。――もしかすると彼の息の根を止めることになるのは、最愛の娘であるクリスティなのかもしれない。


「クォーリア侯爵自体、不貞の噂があったくらいだから、それが悪いことだという意識がないんじゃないか?」


「まさか」


「彼には認知していない子供が外にいるというぞ。――あくまで噂だが」


「クリスティの私生活を詳しく調べてみます。問題があるのなら、入籍前になんとしても縁談を潰さなければ」


 ウィリアムがそう言って、この場はお開きとなった。




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 こうして始まった彼との歪んだ関係は、とうとう泥沼の様相を呈してきた。


 ウィリアムがパーティでイカレた『婚約破棄騒動』を起こし、こちらが力業で鎮圧し。


 それで上手く纏まったかって? ――いいえ、まさか!


 だってまだ戦争は始まってもいないでしょう? 婚約破棄騒動は、いわば、開戦の合図ってやつね。


 ここからまだ紆余曲折あるわけよ。……もう、やんなっちゃうわ……。


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