第4話 この花は素敵
クォーリア侯爵の辣腕ぶりはぞっとするほどで、長女クリスティと、ウィリアム・ウィンタースとの縁組を、これ以上ないほどのスピードで纏め上げてしまった。
***
婚約者との初対面。ウィリアムは少し緊張していた。
別に相手に好かれようという気持ちもなかったので、そういった意味で気負いがあるわけではない。――むしろ、恐怖、という感情が一番近いかもしれない。なんというか、ワニが沢山泳いでいる川に入っていくような心地だった。
特別、結婚に夢を見ていたわけではないけれど、こんなに猟奇的な気持ちで席に着くことになるとはね……とウィリアムは考えていた。
本日、ウィリアムはクォーリア侯爵家に招かれていた。彼女の父親であるクォーリア侯爵が出て来て圧をかけてくるのかと思っていたのだが、そんなことはなかった。
ウィリアムを迎え入れたのは、クリスティ一人きりだった。彼は眺めの良い庭先に通され、ガーデンテーブルを彼女と囲むことになった。
「――君はなぜ僕を選んだんだ?」
ウィリアムは率直に尋ねてみた。彼女が結婚相手をダーツで適当に決めたことは知っているのだが、なんと答えるのか興味があった。ありのまま答えるのか、あるいは取り繕うのか。
クリスティは性格こそ問題有りなものの、一応侯爵令嬢らしい振舞いは習得済のようで、マナーのほうは完璧だった。優雅な仕草でお茶を飲み、彼の問いに答えるために、カップをソーサーに戻した。
彼女のヘーゼルの瞳がこちらに向く。様々な色が散らばった、神秘の瞳。それが陽光の光を反射し、水面のように青く、そして新芽のように緑に、蜂蜜のように黄金色に輝いていた。
「ツラの皮が厚そうだから」
「……は?」
「あなた、変わり者でしょう? 私、見てすぐにピンときたの。少しやんちゃな私と釣り合いが取れそうよ」
「いや、そんなことを言われたのは初めてだ」
自分はどちらかといえば常識人で通ってきたのだが。それに社交界一の変わり者であるクリスティにそんなことを言われる筋合いはないと思うのだ。
「変人って、自分がズレていることに気付けないものなのよねぇ」
ふぅ、とため息を吐かれ、憐れみを向けられた形のウィリアムは眉間に皴が寄ってしまう。
「おい、失礼だな。その台詞、そっくりそのまま君に返すよ」
「やだもう」クリスティがくく……と含み笑いをする。「あ、今のは愛想笑いよ。未来の旦那様が初めて私に告げたジョークだもの。私はできる女だから、あなたの話がつまらなくても、笑ってあげるからね」
なんなんだ、この上から目線。謎すぎる。
「さっきのはジョークではない」
「はいはい。分かった、分かった。どうどう」
「……なんだろう、ものすごくイラっとする……」
「とにかくね。あなたは結構な変人だから、私に合うと思ったのよ」
「正直僕は、君と合うとは思えない。まともで常識のあるお嬢さんと結婚したい」
「あらそう。でもそれはもう無理。諦めて」
あっけらかんと言い放つクリスティ。彼女はマイペースで、ずっと上機嫌だった。――お天気もいいし、お茶も美味しいし、あなたと話していると楽しいわ、と言わんばかりに。
ウィリアムは不可思議な衝動が込み上げてくるのを感じていた。
なんて女だ……そう思った。まったくなんて女だ、と。
「あなたは顰めツラで、まったくマナーがなっていないわ」
クリスティはそんなふうに駄目出ししておきながら、ツイと視線を逸らして、ウィリアムが手土産に持ってきた花束を眺めおろした。それは今、テーブル上に置かれている。
彼女はにっこりと邪気のない笑みを浮かべた。
「でも、この花はとっても素敵ね!」
ウィリアムは絶句してしまった。というのも……
ここへ来る前に花屋に立ち寄った彼は、どういったものを贈ればよいかで迷ってしまった。――流行や、若い女性が喜ぶものに詳しくない。
「分からん……」
途方に暮れて思わず呟きを漏らすと、店員がこう告げてきた。
「プレゼントなら、あなたの好きなものを選んだほうがいいですよ」
店員は年配の女性だった。
「そうか……」
なんとなく不思議なアドバイスだなと感じた。――『相手の好きなものにしたら?』とか『どんな方に贈るんですか? その方のイメージを言ってくれれば、こちらで花を選びますよ?』とか言われるのかと思っていたからだ。
沢山ある種類の中から、ウィリアムは淡いピンクの花に心惹かれた。細い花弁が折り重なり、放射状に伸びている。華やかで、生き生きとしていて、健気に見えた。
「――これを全部。可愛らしく束にしてくれ」
「承知しました」
店員は口元に柔らかな笑みを乗せ、何度か頷いていた。
花束にしてもらうと、さらに華やかさが増す。ウィリアムは言われた金額に多めのチップを乗せて支払いをした。
店を出ると、
「――あら、兄様。偶然ね」
と声を掛けられた。見ると、妹のシディである。この遭遇に策略めいたものを感じ、ウィリアムはすっと瞳を細めていた。
「偶然の訳ないだろ。あとをつけていたのか?」
「まさかぁ。淑女がそんな真似はいたしませんわよ」
シディはツンと澄ましてそう言い放つ。そうしてウィリアムの持っている花束を見て、『あらあら』というように片眉を上げてみせた。小生意気な仕草だった。
「ねぇ、まさか、その花を贈るつもり?」
「これじゃだめか?」
「それ、ものすごく安い花よ」
「そうなのか? 花の相場なんて、分からなかった……」
ウィリアムはそういうところは無頓着だった。
「分かった、買い直すよ。――これはお前にやる」
押し付けようとしたら、シディは手のひらをこちらに向けて、『NO』というジェスチャーをする。
「ねぇ兄様。あなた、クォーリア侯爵令嬢に気に入られたいの?」
「いいや、まったく」
「じゃあ、それを持って行くといいわ。彼女は『この高貴な私に、こんな安物を持ってくるだなんて!』と腹を立てるでしょうから」
……なるほど。
ウィリアムは感心しつつ、シディに馬鹿にされた花束を持参した。
結果――クリスティは花束に負けないくらいの華やかな笑みを浮かべ、このプレゼントを喜んで受け入れたのだ。
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