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「いたぞ!」
見つけたのは消防団の1人だった。
あぜ道から少し外れたところにある
「不幸中の幸いだな」
「……嗚呼」
少年の方は、沼上麗央7歳で、Tシャツを脱ぎ捨て上半身は裸だった。少女の方が恐らくレオナだろう。白い服装から察するに『八十道』の神の子で間違いない。何れも行方不明になっていた2人だった。
「大丈夫か!? おい、何があった!?」
「無理に起こさない方がいい、頭を打ってるかもしれない……このまま運ぼう。おい、担架を持ってきてくれ!」
「ぅ……」
その時、少女の方が微かに呻き声を上げ、その場にいた全員が息を飲んだ。丈治が慎重に彼女の肩を抱きかかえ、皆を代表して声をかけた。
「目を覚ましたようだね。もう大丈夫だよ」
「う……うぅ」
「話は民宿に戻ってからゆっくり聞こう。今担架を……」
「は、早く! ここから離れないと!」
すると、突然少女が金切り声を上げた。あまりの大声に、その場にいた全員がギクリと体を硬直させる。少女は怯えながら丈治に縋りついた。
「早く! ガラサ様が……ガラサ様が!」
「落ち着け。此処には誰もいないよ。みんな君たちを探していたんだ……落ち着いて、ゆっくり深呼吸して」
「ガラサ様が……ガラサ様がお怒りになって……」
「ガラサ様?」
だが少女の震えはなお一層激しくなるばかりだった。可哀想に、怖がっている。しかし、こうして救援が来たと言うのに、まるで幽霊でも目撃したかのように目を見開き、奥歯をカチカチと鳴らすその姿は何とも奇妙に映った。
「おいお嬢ちゃん、安心しろって。もう助かったんだよ。ガラササマってのは、あの伝説のバケモンかい? んなもん……」
「ホントなんです! 私見たんです!」
だが少女は譲らなかった。やがてその騒ぎを聞きつけて、少年の方……沼上麗央もまた目を覚ました。
「麗央……」
「と……父ちゃん!?」
浅黒の少年は、自分の父親を見上げ面食らった様な顔をした。少年が半身を上げると、父親は思い切り少年を抱きしめた。
「と……父ちゃん……」
「……どれだけ心配したと思っているんだ!」
「……ご、ごめん」
ふと気がつくと、全員が再会を果たした親子を見守っていた。雨粒が静かに社の屋根を打つ。しばらく丈治は声を震わせ息子を抱きしめていたが、やがて我に返ると、少年の頬を平手打ちした。
「……ッ痛ぇ!?」
「バカモンが! 他所様のお嬢さんを連れ出して、一体どういうつもりだお前は!」
「せ、先生、落ち着いて。何はともあれ2人とも無事だったんだし」
「そうだよ。話は後にしましょう。とにかく無事で良かった」
「ヨォ坊主、怪我はないか? Tシャツはアレ、お前のか? 血が付いてたが……」
「こんなところにずっと隠れたのか? 腹減っただろう?」
麗央はバツが悪そうに頬を撫りながら、首を振った。
「違うよ。俺たち、ずっと走り回ってたけど……途中で山賊みたいなのに襲われて」
「山賊ぅ?」
「あの山伏じゃねえか?」
たちまち緊張感が走った。
「坊主、怪我はないんだな!?」
「う、うん。逃げ回ってるうちに木の枝でちょっと切っちゃったけど……別に何ともないよ」
「それで、その山伏はどうした!? 何処に行ったんだ!?」
「それが……」
麗央が言うには、山伏は大きな鉈を所持していたらしい。それから2人はその鉈で切り刻まれる寸前まで追い詰められたが、目に見えないナニカが……少なくとも麗央の目には何も見えなかった……既のところで、その山伏を撃退してくれたのだと言う。
「なんてこった……」
「レオナが言うには、ソイツがガラササマだって」
「ガラササマァ?」
「うん。ガラサ様がこの社まで導いてくれたんだ。俺には良く分からなかったけど、レオナにはその神様の姿が見えてたんだよ。神様が僕らを助けてくれたんだ」
「カミサマ……って」
「それで」
丈治は息子の肩を抱き、険しい表情で尋ねた。
「その山伏はどっちに行ったんだ?」
「……あっち」
麗央は小さい声でそう言って、山の頂上を指差した。全員が顔を見合わせた。その先に待つのは、惨劇の起きた六門天主堂だった。
「何だぁ? アイツ、山登ったのか?」
「そりゃ山伏だからな」
「でも一体何で、山伏はわざわざ天主堂に向かったんですかね?」
「分からん。ただ、籠城するには持ってこいの場所だろう。油断するなよ」
2人を発見し、捜索隊の面々は二手に分かれた。
一つは少年少女を無事に民宿まで送り届ける組で、
もう一つは天主堂に向かう組だ。
後者は少数精鋭で、それぞれ手に武器を構え、羊もまた願い出てそちらに加わった。雨風は以前より弱まったとはいえ、山道は土砂崩れで再び形を変えており、登山には相当な労力と時間を費やした。
「でも……ホントなんですかね?」
道すがら、誰かが囁いた。
「本当にこの島に、カミサマなんているんですかい?」
「さぁな……大方すっ飛んできた木の枝とか、ビニール袋とか、見間違えたんじゃねえか? ガキンチョの言うことだしな。それに、だとしても、別に良いじゃねえかよ」
「何が?」
暗闇の中、人影が肩をすくめる。
「もしいたとしたら、ソイツぁ俺たちの味方だってことだ。ガラササマってのは、島の守り神なんだろ?」
「どうだか……」
また別の誰かが会話に口を挟む。
「俺ァ婆様からそのガラサに付いて子供のころヨォ〜く聞かされてたがよ。ありゃカミサマって言うより、バケモンだぜ。何でも子供の心臓が大好物なんだと」
「心臓??」
「そうだよ。で、心臓が足りなくなると、機嫌が悪くなって島に凶風をもたらすんだよ……今夜みたいに」
「ヒェ〜ッ!」
「静かにしろ。そろそろ着くぞ」
先頭を歩いていた沼上丈治が後列を睨んだ。見つからないよう、懐中電灯の灯りを一旦切った。頂上まで辿り着くと、闇の中に聳える六角形の建物が羊たちを待ち構えていた。見た所、門は全て閉まっている……数日前補強した板もそのままだ。
「鍵が開いていないか、確かめましょう」
「中に籠城されてたらどうする?」
「その時は……補強板を外して、何れかの門を破壊するしかない」
皆緊張した面持ちで、各々武器を握りしめた。そばに山伏が待ち構えているかもしれないので、全員ひと塊りになって、ゆっくりと壁伝いに建物を一周していく。
「気をつけろよ……中にいるとは限らんぞ」
中にいると見せかけて、草むらの陰に隠れているのかも知れなかった。天門は当然の事、次の死門も破られた形跡はなく、神門もまたしっかりと施錠されていた。建物を半周過ぎ、獄門に差し掛かろうとしたその時、羊は異変に気がついた。
「あれ、何でしょう?」
全員が立ち止まる。獄門の前……泥濘んだ地面に、深々と鉈が突き立てられている。丈治がたまらず懐中電灯を点けた。慎重にそばに近づくと、血だらけの鉈と、それから補強した板にもべっとりと、赤黒い液体がこびり付いていた。
「何だよ……これ」
「血……?」
「どうして……?」
「此処から入ったのか?」
試しに獄門を押してみる。
だが当然、扉は開かなかった。それから全員で建物を一周したが、残りの正門と鬼門も、閉ざされたままである。密閉された建物の外で、男たちは途方に暮れた。少なくとも建物の外に潜んでいる様子はない。だが明らかに、獄門が異常を来している。此処で一体何が起きたのか?
「どうします?」
「仕方ない……門を開けて中に押し入ろう」
全員で話し合った結果、鬼門を開けることにした。天門神門生門は、元々鍵が頑丈で開かない。残るは三つだが、流石にあの状況を見せつけられて獄門を開ける勇気は誰にもなかった。消去法の結果、
「離れてろよ」
補強していた板を外し、鎌や斧、鉈を構えた男たちが古びた鬼門を破壊しにかかる。やがて門が取り壊されると、外よりもさらに深い暗黒が、向こうから顔を覗かせた。鬼門……幽霊や妖怪の通り道……羊は身震いした。
「……行くぞ」
全員が小さく頷く。開け放たれた門から慎重に境界を跨いだ。
「見ろ!」
不意に誰かが鋭い声を上げた。幾重にも折り重なった残響が六角館に谺する。
「どうした!?」
「仮面が……ない」
1人が壁際を懐中電灯で照らした。鬼門の向こうは、確か展示品コーナーになっていたはずだった。数日前、そこに掲げられていたツノの仮面が、確かに無くなっていた。羊は息を飲んだ。よく見ると机や棚も倒れ、展示品の位置も荒らされたようになっていた。やはりこの中に誰かが侵入したのかもしれない。
やがて集団はゆっくりと、反時計回りに進み始めた。時計回りの方角には、教祖代行の死体がまだ磔にされているはずであり、できれば皆最後に拝みたかった。やがて獄門の前に差し掛かった。
「あれは……?」
最初に気づいたのは、やはり羊だった。門の内側に、ナニカが張り付いている。
「う……」
「腕?」
それは、腕だった。
千切られたばかりの、太い幹のような両腕が、交差するように、昆虫採集の標本のように釘で打ち付けられていた。それはバツ印のようにも、十字架のようにも見えた。全員が言葉を失った。
「おい、危ないぞ!」
何処かでそう叫ぶ声が聞こえたが、羊はふらふらと、獄門に近づいていた。片方の掌の中に、懐中電灯に反射して、キラリと光るものが垣間見えた。よく近づいて見ると、それは、
「鍵……?」
鍵だった。
数時間後、胴体が山奥で発見された。
まるで無数の斬撃を受けたかのように、体中傷だらけになっていた。首は辛うじて繋がっていたが、両足はともに太ももの付け根から切り落とされ、近くの茂みに無造作に転がされていた。バラバラ殺人。『阿修羅』が何者かに殺された。
その手に六門天主堂の鍵を握りしめ。
第二の殺人も、また密室であった。
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