4

 かつて迫害されたキリシタンが潜伏していたと言う、六角形の宗教施設。


 門の向こうは、地下へと繋がっていて、階段を降りると狭いロビーがあった。受付の窓口に初老の男性が一人座っていた。やってきた学生たちをちらりと見て、珍しいこともあるもんだ、と目を瞬かせた。山の頂上にあり、中々訪れる人は少ないようだ。



 券売機の類はない。

 午前9時から午後17時まで無料開放されているようだ。ロビーからさらに地下の中心部に進むと、見学用に開放された礼拝堂があった。


 他に見物客はいなかったが、同時に入れるのは6人まで、と書かれていたので、羊たちは交代交代で中を見学した。緑色に光る『非常口』の下で、四角い暗闇が彼らを待ち構えていた。


「なんか……トンネルの中みたいだな」


 羊の隣で一条英里奈がぼそりと呟いた。確かに、イメージしていたような一般的な教会とは違い、広さは狭いホテルの一室か、せいぜい電車の一両分くらいだ。真っ暗で、簡素な十字架にマリア像、壁際に電気仕掛けの蝋燭が等間隔で置いてある程度だった。そしてなんと、床には椅子ではなく畳が敷いてある。聞くと、日本の教会では畳があるところも少なくないらしい。


「一時間頑張ってこれェ?」


 麻里が疲れ切った顔をして、がっくりと肩を落とした。結婚式で見るような……ステンドグラスにパイプオルガン……なんてのを想像していると、拍子抜けなのは間違いない。せいぜい防空壕か地下牢といったところだ。


「潜伏キリシタンと言われるくらいだから……堂々と祈るわけにはいかなかったみたいね」


 なるほど歴史的には価値があるには違いないのだろうが、通りで観光客が少ないはずだった。


 それから羊たちはロビーに戻り、そこから順路の矢印通りに、時計回りに六角形の内側を周り始めた。窓がないのでこちらも薄暗い。


 通路は円形になっていた。丁度ドーナツの穴の部分から、身の部分に戻って来たような具合だ。身の外側には門がある。最初の天門を12時のところに起き、

 天門→死門→神門→獄門→生門→鬼門

 の順に並んでいる。つまり

 天⇄獄

 死⇄生

 神⇄鬼

 がそれぞれ対になっているというわけだ。


 どうやら最初にあのがあり、後から外壁を付け足していったようだ。天門は豪華絢爛だったが、次に角を曲がった時に現れた死門は、驚くほど見窄らしかった。大きさも普通の扉と大差ない。木製の扉はボロボロで、修繕された後もなく、固く閉ざされている。


「天門神門生門は開放されていますが、残りの三つは閉じたままなんですね」

「鍵が紛失しててねえ」


 先の方で、いつの間にか外に出てきた初老の管理人らしき男が、教授と話し込んでいた。


「開いている門の方は、今の村長が観光名所になるからって、たっぷりお金かけて修繕したんだよ。だけど、死門獄門鬼門は、目玉にもなりそうもないからって、ずっと開かずのまま」


 まぁ縁起でもないし、そんな門は開いておかない方がいいのかもねえ。


 老人はそういって柔らかそうな笑顔を見せた。


 どうやら村長の思惑は今のところ大幅に外れているようだ。羊は小さく肩をすくめた。全くその村長、「全然分かってない」って感じだ。

 

 地獄も天国と同じくらい、魅力があるのに。地獄とか、悪魔とか鬼とか死神とか、のドストライクじゃないか。長年放置され少し寂しそうな獄門の横を通り過ぎながら、羊はボンヤリとそんなことを思った。


 やがて彼らは六角形を一周し、最後の鬼門の前に作られた、展示品コーナーまでやってきた。ここでは発掘された郷土品などが飾られていた。


「木箱の底が二重構造になってて……ここに十字架なんかを隠してたんだって」

「へぇ……」

「親から子、子から孫、孫からひ孫……そうやって代々、隠れキリシタンたちは十字架や聖典を受け継いできたみたいね」


 他にも鏡や鍬、釣竿など、隠れキリシタンの貴重な道具などが多数あったが、最も羊の目を引いたのは、壁に飾れられていた一枚のお面だった。


「あれ、って……」


 羊は思わず立ち止まり、ぽかんと口を開けた。そのお面に、彼は見覚えがあった。


 まるで人骨のように、ゴツゴツと、灰色がかった表面。目の位置にぽっかりと暗い穴が空いていて、その周りを、血のように赤い絵の具でべっとりと装飾されていた。上部には、獣のような、鬼のようなツノが二本生えている。


「あれはレプリカだよ」

 管理人が親切に教えてくれた。


「キリスト教がやってくる前、それこそ数百年以上前に、この島で行われていた古い儀式の道具で」

「あれが……ガラササマ」

「え?」

 羊の言葉に、管理人が眉を釣り上げた。

「知ってるのかい? 勉強熱心だねえ」

「いえ、なんとなくそんな気がしただけで……」


 羊は首を振った。間違いない。これは、このお面は島に着いた時、崩れた鳥居の上に立っていたあの面だ。あの時は遠目で分からなかったが、こうして近くで見ると実におどろおどろしく、般若のような夜叉のような……。


「……この仮面、お土産とかで売ってるんですか?」

「まさか。こんなもの買う人はいないよ」


 なんせガラササマは、村人の心臓を喰らう悪神だったらしいからねえ。


 そういって管理人は笑った。


 ガラササマに生贄を捧げないとわざわいが訪れる。


 島ではそんな風に伝えられているらしい。羊たちは一瞬沈黙した。


「明日はその儀式の、祭壇を見にいくわよぉ! 実際に心臓が捧げられたところ!」

「なんでそんなに楽しそうな顔ができるんだよ」


 鎮まり返った天主堂の一角に、教授の弾んだ声が響き渡る。沖田がボソリと毒付いたが、彼女の耳には届かなかったようだ。少し間を置いて、静寂を埋めるように生徒たちの愛想笑いが沸き起こった。


 その時、羊はふと気配を感じて後ろを振り返った。展示コーナーの背後には古びた鬼門が、閉ざされたまま聳え立っている。誰もいない。門の向こう側に、何故だか白装束の少女がいるような気がしたが、彼には確かめようもなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る