第10話 不器用なセレステ


 ――感謝祭当日。


 朝からセレステは気合を入れまくっていた。アンにあそこまで言われたのだ。手は抜けない。


 癖のない髪を逆毛にしてボリュームを出す。くしを逆向きに入れていくので髪がとても傷むのだが、仕方ない。とにかく今日を乗り切るのだ。


 ドレスは知り合いの夫人から借りた。夫人は「どうしてこんなものを?」と怪訝な顔をしていたが、仮装で使う旨を伝えると合点がいったようだ。


 それから救貧院の子供たちへのプレゼント。


 これは先日、町で買っておいた。購入したのは髪を留めるリボンで、色は各々に似合うものを考えながら選んだ。


 アンは髪が短いのでどうしようかと思っていたら、「リボンをいくつか買ったおまけに、ペンダントを半額にする」と言ってもらえたので、それをあげることにした。クロスのついたそれは信仰的なアイテムだけれど、とても素敵に見えた。


 元々の値段も手ごろであったが、半額になったので、リボンとそう値段は変わらない。えこひいきになってしまいそうなので少し迷ったのだが、アンなら「皆には内緒ね」と口止めしておけば、きっと大丈夫だろう。


 そして準備万端――救貧院前に辿り着き、アンと対面したのだが。


「セレステ、あんた、なんなのそれ」


 呆れ返った視線を向けられ、セレステは眉を顰めた。


 現在地は、救貧院前の円形広場。周囲はにぎわっている。


 そういえばこの施設は立地がかなり良い。こういったものは普通、メインストリートから離れた少々辺鄙な場所にあるものだが、この建物は一等地に建っている。事情はよく知らないが、救貧院用の物件を探していた時期に、都合良く空き物件になっていたのがここなのだろうか。


 それはともかくとして。


 円形広場の噴水前で待ち受けていたアンに近寄ると、初っ端から奇異の瞳を向けられてしまった。


「何って、あなたのリクエストに応えたんじゃない――『三番目の姫と醜い魔法使い』の仮装よ」


「はぁ? どこが?」


「良くできてない? すごく苦労したのよ――髪はボサボサに見えるよう、ダメージ覚悟で逆毛にしたの。おかげで鳥の巣みたいでしょう? それから見てよ、このドレス! 半世紀も箪笥で寝かせたような、残念なデザイン。見ていると目がショボショボしてくる陰気な蔦模様。泥水に漬けたかのような焦げ茶色。サイズは成人男性がふたりくらい中に入れそうなワイド感。それからメイクも頑張ったの」


「頑張り方を間違ってない?」


「間違ってない――だって眉毛は通常の二倍の厚みを出したのよ。肌もシミの感じを出すために、眉墨をぼかしながら、頬と顎に塗ってある」


「それより体型、変わってないか」


「毛布とシーツをお腹と腰に巻いたの。ヒモで縛って留めた。重いから自然と腰が曲がりそう」


「ものすごいばばぁだな」


「そうかもね」


「ものすごいクソばばぁだな」


「ありがとう」


 頑張りましたからね。醜い魔法使いはお婆さんの設定なので、挿絵を参考に仕上げてみました。ちょっと大袈裟にしてね。こういうのってデフォルメっていうらしいのよ。


 どこか得意気なセレステに対し、アンは嘔吐しそうな顔でこちらを見ている。そして長い時間が経過したあとで――……。


 アンが鼻のつけ根に皴を寄せ、クワッと威嚇するように口を開いた。


「――おい、誰がばばぁの仮装して来い、つったよ‼」


 え、もう、なんなの? 反抗期?


 まるでしゃぶっていた骨を取り上げられ、怒り狂っている犬みたいな態度じゃないの。


「何が気に入らないの?」


「全部だよ!」


「ええ?」


 一部じゃなく、全部?


「あたしが『仮装して』と頼んだのは、お姫様のほうなんだけど!」


 な、なんですって……! 衝撃――まさかお姫様の仮装を頼んでいただなんて! そんなの誰が分かるっていうの?


「お、お言葉ですけどね、それならそうとはっきりお姫様のほうって言ってくれなきゃ! 難しすぎるわよ!」


「いや、分かるだろ? 馬鹿なの? ねぇお前、馬鹿なの?」


 お前って言ったー! そして馬鹿って言ったー! ひどくない?


「馬鹿じゃないもん。私、悪くないもん」


「その格好で『悪くないもん』とか言うんじゃねえよ。可愛くねえんだよ、クソばばぁ」


 なんてことかしら……アンは普段から若干失礼な子供だったけれども、本日は度を超している。こんなに悪しざまに口汚く罵らなくたっていいじゃないの。


 ふたりがわちゃわちゃと揉めていると、メティ神父がやって来た。今日は感謝祭ということで、この円形広場も人通りがいつもより多い。救貧院にやって来た彼は、建物に入る前に、噴水前にいるふたりに偶然気づいたらしかった。


 相変わらず長い髪を綺麗に後ろでまとめて、耽美な姿である。


「一体、何を騒いで――」


 近づいてきた彼が、セレステを見て絶句する。


「……あの、メティ神父? どうかしましたか?」


 メティ神父はこらえきれなくなったという様子で俯き、拳を口元に当ててプルプルと小刻みに震え始めた。


 ん……具合でも悪いのかしら? セレステは彼の身を心配したのであるが……。


「ちょっと黙ってください、セレステ。その格好で口を開かれると、キツイ」


「え? どういう意味ですか?」


「もう黙ってください……なんだこいつ、腹筋がよじれる」


 メティ神父は声まで震わせている。


 何この人……セレステは彼の不躾な態度に憤慨して半目になった。


 皆、揃いも揃ってひどくないかしら? すごく頑張ったのに、誰も褒めてくれないじゃないの。


「――あら皆さん、お揃いで!」


 元気の良い声が響き、妖精のようなクローデットが颯爽と現れた。


 彼女のかたわらにはまるでセットで組み合わされたかのように、エリシャの姿がある。彼は大きな藤籠を提げていた。


 エリシャが登場したことで、セレステの緊張が一気に増した。


 ここがどこで、今何時で、何をしていたのか、訳が分からなくなる。彼がクローデットと一緒にいる意味も、この時はよく理解できていなかった。


 実はエリシャ――クローデットから荷物持ちを頼まれて、ここへ来ていたのだ。


 彼女から、


「救貧院の労働者たちに振舞うものを用意したんだけど、重くて持てないわ。エリシャ、あなたが運んで。それにあなたはこのあいだアンちゃんのことを男の子と勘違いしたでしょ? お詫びがてら私に同行すべきよ」


 と迫られたのだ。慈善事業ということもあり、エリシャも断らなかった。


「セレステさん、会えてよかった」


 セレステを見つめ、クローデットが華やかな笑みを浮かべる。


 ……何がよかったのだろう? セレステはぼんやりと考えを巡らせる。


 するとクローデットのかたわらにいたエリシャが、不快そうに眉を顰めたのが視界に映った。


「……セレステ?」


 クローデットが上機嫌にエリシャを見上げる。


「彼女はセレステ・ホプキンス伯爵令嬢よ。エリシャ――もしかしてあなたたち、お知り合いだった?」


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