第33話 扉の前

「これを……」


 白い扉の前まで戻った時、おりょうさんに『花のお守り』を手渡された。僕は驚いておりょうさんの顔を見上げた。


「噛まれた蛇の毒に、この『お守り』が効くかもしれません。これでお友達を助けて下さい」

「でも……これって」

「いいんです」


 受け取っていいものかどうか。僕が戸惑っていると、おりょうさんはにっこりとほほ笑んだ。


「これから先、『呪い』は無くなるんですから。私にはもう必要ありません」

「おりょうさん……」

「ありがとうございます。私の謎を解いていただいて。流石は名探偵さんですね」

「そんな……僕は」

「羊さんは、私に1分間だけじゃなくて良いと」

 おりょうさんが僕の手に『花のお守り』を握らせ、両手で包み込んだ。

「いつでも逢いに来て良いって、そう言ってくれました。その一言で、私のことも『呪い』から解き放ってくれたんです」

「うん……」

 改めて言われると、なんか照れる。

「羊さんは、私を見ても全然驚いてくれなかった……」

「うん……なんかごめん」

「次に逢った時は、必ず驚かせてみせます!」

「うん」

「必ずですよ! 逢いに来ますから。待ってて下さいね!」

「分かった」


 僕は頷いた。それから僕は白い扉をくぐった。馬も此処までだ。扉が閉まるまで、おりょうさんは僕にずっと手を振っていた。さて。此処からまた、今度は折り返しだ。毒蛇やら罠やらに囚われている友人たちを、どうにかして助け出さなければならない。僕は立花さんを背中に抱え、気合を入れ直した。


 ……のだが、そこから先は、実はあまり覚えていない。


疲労がピークに達していたこともある。


一体どうやって伊井田や犬飼を助け出したのか? 

離れ離れになった骨野郎にマッスルさんを、どうやって見つけ出したのか? 


謎である。肝心な記憶が実に曖昧だった。ただ、

帰り道、白い霧の中に蠢く“何か“が、やたらと僕らに寄り添っていたような気がする。


それが幽霊だったのか? 

妖怪だったのか? 


分からない。何故僕らを助けてくれたのか?


もしかして、ご先祖様の霊だったのか? はたまたどっかの神的な存在か?

善いモノなのか? 悪いモノなのか? 


分からない。


思い出そうとしても、どうしても頭が霞がかったみたいになって、何も浮かばないのだ。まるでその“何か“に記憶をロックされているかのようだった。脱出後、立花さんにそのことを尋ねても、彼女もまた首を傾げるのみだった。私も記憶が曖昧なの、と彼女は目を伏せた。


「ただ……」


 立花さんは少し考え込むようにして僕に言った。

「荒草君の話を聞くと、隣にいる”何か“って言うのは、決して悪いモノだけじゃないのかもしれないわね」

「隣にいる……」

「善いモノも、悪いモノも。どっちもたくさんいるってことでしょ? この世にも、あの世にも」


 僕はそれで納得した。真相は結局分からず終いだった。元々は、根も葉もない噂話である。『百鬼夜行』の何処までが現実で、何処からが作り話なのか、今となっては確かめようもなかった。

 


 とにかく、僕らは全員無事に脱出できたという話だ。あの後、気がつくと僕は、いつの間にか通用口で大の字になっていた。目を開けると、待ち構えていた七不思議の面々や、給食室の里中さんなどが、全員で僕の顔を覗き込んでいた。


「えっと……」


 開口一番、僕は目を瞬かせながら尋ねた。


「僕、生きてるの? 死んでるの?」

「……生きてるよ!」


 一瞬間を置いて、みんながワッと僕に抱きついて来た。出迎えてくれる人が幽霊だと、目覚めた世界がこの世なのかあの世なのか、実に分かり辛い。困ったモンだ。僕は揉みくちゃにされながら、全員と再会の喜びを分かち合った。


 ふと、腕時計を覗き込んだ。


 16時45分。時計の針は、再び動き出していた。


 数週間後。僕は学校の図書室にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る