第28話 百鬼夜行
僕らは恐る恐る『百鬼夜行』に足を踏み入れた。
視界が途端に真っ白に染まる。入った瞬間、入り口はたちまち白い霧に覆われ、消え去ってしまった。骨野郎がアルコールランプの
僕は霧の中を見回した。
今日は、行列の姿は見えない。あの日見た影も、童女の笑い声もしなかった。『行列』というだけあって、移動中なのかもしれない。
「見ろよ」
犬飼が足元を指差した。白い地面にはかすかに、蹄や車輪の跡、それに何かをズルズルと引きずったような跡が残されていた。僕らは黙って顔を見合わせた。
「……行こうぜ」
それから追跡が始まった。
橙の灯りの中に5人で身を寄せ合って、慎重に歩を進める。幸か不幸か、しばらくは何ともすれ違わなかった。ただ僕らの足音が、白い闇の中に小さく響いては消えた。
最初の方はそれで良かったけど、今度はだんだんとそれが不安に変わって行った。
立ち込めた霧に、時間の感覚も、方向感覚も奪われて行く。歩いても歩いても、前に進んでいる感じが全くなかった。まるで白銀の世界、雪景色の中に閉じ込められたかのようだ。雪山で遭難したらこんな感じなんだろうか。触れる空気は冷たく、どこか幻想的な雰囲気さえ漂わせている。しかしここは、恐ろしい鬼や妖怪の潜む場所でもあるのだ。自然と、ポケットの中に忍ばせた手鏡と、それから『花のお守り』に手が伸びた。背中を伝う汗が、じっとりとシャツを濡らす。少しだけ寒気を感じて、僕はブルっと体を震わせた。
「早いとこ立花さんを見つけないとな……」
前方を歩く犬飼がぼやいた。僕らはできるだけ話しながら歩くことにした。そうしなければみんな白い闇に吸い込まれて、バラバラに霧散しそうな、そんな恐怖があった。
「……じゃないと、この5人じゃいくら何でも、絵面がむさ苦しすぎるよな」
「何言ってるんだよ。私がいるじゃあないか」
その隣で筋肉模型・マッスルさんが力こぶを作った。
「ここに、華が。紅一点がさ」
「いやぁ……マッスルさんはその……『剥き出し』じゃないですか」
マッスルさんのたくましい赤筋を見て、流石の犬飼も引いた。
「失礼ね。可憐な乙女が『剥き出し』で歩いてるんだよ。何が不満なんだい?」
「乙女はヘモグロビン剥き出しで歩かねえよ。『剥き出し』にも程があるだろ。なぁ、伊井田くん!?」
「ふむ。古来より、人間には『着衣の美学』と言うものが……」
「何さ!? 私じゃあダメだってのかい!?」
「いやッ! その……ッ」
「落ち着けよ、マッスル。お前は最高の女さ」
「骨野郎。アンタ……きゃっ!?」
「マッスル……お前は俺にないものを、全部持ってる。主に筋肉とか……」
「骨野郎……。アンタ、やっぱりいい男だね。抱きしめられた時、肋骨のゴツゴツが直に当たるの、最高にcool……!」
「お前もさ、マッスル。Merry・Xmas……」
「骨野郎……♡」
「マッスル……」
「一生やってろ」
「シッ!」
後ろから微かな物音が聞こえてきて、僕はキスシーンの無駄遣いを制した。立ち止まって耳を澄ませると、大気が震えている。地響きのような音が、徐々に大きくなって行く。どうやら僕らの後ろから、何かが迫ってきているようだった。僕らは振り返り、白い霧の向こうに目を凝らした。
「何……あれ?」
「動物?」
「……牛だ!」
僕らに近づいて来ていたのは、牛の大群だった。いや、近づいて来ていると言うよりは、突進して来ていると言った方が良い。何十頭もの、怒り狂った闘牛の群れが、僕らにツノを向けて突撃して来た。
「牛ィ!?」
「う、うわぁああっ!?」
「オイ、鏡! 早く鏡出せ!」
僕らは慌てて鏡を取り出した。淀橋から、厄除けになると言われていた鏡だ。走り来る群れに向かって、印籠みたいにチカチカと鏡をかざす。しかし……。
「……ちょっと! アイツら、全然止まる気配ないんだけど!」
「鏡は魔除けじゃなかったのかよ!?」
「ふむ。もしかしてあの牛……。魔物とかじゃなくて、実は本物の牛なのでは?」
あいにく鏡はちっとも効果がなかった。牛の群れは迷うことなくこちらに突進して来ている。もう数十秒後には、僕らと正面衝突しようと言うところまで迫った。牛は、本物の牛だった。
「何でだよ!? 何で本物の牛が『百鬼夜行』に!?」
「どっかの牧場に、『鬼門』が開いたとか?」
「ふむ。『エクソシスト』しかり、古来より悪霊は精神的攻撃だけでなく、物理攻撃で我々人類を追い詰め……」
「詳しい解説は要らねえ! 逃げるぞ!」
「ここは任せてくれ! おい、誰か上着を貸してくれないか?」
すると、骨野郎が僕らを庇うように、スッと前に歩み出た。
「骨野郎?」
「アンタ……何するつもり!?」
「大丈夫だ」
骨野郎は伊井田から上着を受け取ると、爽やかな笑みを浮かべた。
「こんな日のために、俺は足を鍛えてたのかもな」
そう言い残すと、骨野郎は闘牛士みたいに服をひらひらとさせ、突然あらぬ方向へと走り出した。
「こっちだ! 牛ども!」
骨野郎が叫ぶと、服のマントにつられた牛たちは急にそちらに方向を変えた。もうあと少しで、僕らを踏み潰さんとする寸前だった。
「追いつけるモンなら追いついて見やがれ!」
骨野郎は不敵に笑うと、鍛えた足腰と『正しい姿勢走法』で、あっという間に霧の向こうへ消えた。牛の大群を引き連れて。その様子を、僕らはただ突っ立って見守るしかなかった。
「ほ……骨野郎! アイツ……!」
「大丈夫かな……?」
「なぁに、平気さ」
1番心配しているであろうマッスルさんが、1番気丈に振る舞った。
「私の惚れた男だからね。アイツは……骨のある男だよ」
「でしょうな……」
囮になった骨野郎の無事を祈りつつ、僕らはさらに先へと歩を進めた。先へ進み、立花さんを救い出す。実際、僕らにできることはそれしかないのだ。今から骨野郎を追いかけたって、全員で牛の餌食になるだけだ。
再び辺りに静寂が訪れた。
それから先は、どこで誰に聞かれているか分からないから、みんな黙って歩くことにした。霧は相変わらずどこまでも続いているようで、行列の影は未だに見つけられなかった。僕は汗をぬぐった。尊い犠牲を出しつつも、何とか牛の大群は躱した。しかしこれからはああして、様々な刺客が僕らを襲ってくるかもしれない。そう思うと、中々心が休まらなかった。
そしてその不安は現実のものとなった。牛の群れは、魑魅魍魎が所狭しと
「おい、あれ……」
どれくらい経っただろうか。先頭を歩いていた犬飼が、ふと前方を指さした。見ると、前方に、山のような影が見える。僕らは立ち止まり、その巨大な影を見上げ全員絶句した。
牛の次に僕らの前に立ち塞がったのは……校舎の3倍はあろうかと言う、巨大な竜だった。
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