第26話 校舎裏の幽霊の謎・解決編 弍

「え?」

「鏡だ」

「何が分かったんでござるか?」

「鏡だよ! ドッペルゲンガーの正体。鏡には、誰だって『もう1人の自分』が映ってる……」

 僕は興奮して水たまりを指差した。全員が水たまりを覗き込んだ。


 鏡。この世界を反転して映し出す境界。地面にできた水たまりは、周囲の光を反射して、僕らの世界をその水面に描き出していた。


「鏡……」


 あの時……里中さんの手伝いをした帰り道。通用口を振り返った僕のには、ガラスの表面にうっすらと映る、鏡の世界が見えていた。そこには当然僕の姿も写っていた。朝陽が反射して、鏡の役割を果たしたのだ。


「それが、ドッペルゲンガーの正体……!」

「見て!」

 里中さんが驚いたように水たまりを指差した。水たまりの中には僕と伊井田、それから犬飼、そして里中さんの顔が映っている。しかしそれ以外の、例えばトイレの花子さんだったり、タケゾウといった七不思議の面々の姿は映っていなかった。


「映らないんだ。幽霊は鏡には映らない……」

 僕は熱に浮かされたようにしゃべった。

「おかしいと思ったんだよ。霊感のない人には見えないかもだけど、空には、こうして唐傘お化けが飛んでる。だけど彼らは水たまりには映ってない。見えるのは雲だけだ。思えばおりょうさんも、今まで出会った幽霊も、誰1人鏡に映った奴はいない。つまり幽霊は、鏡には映らないんだ。だから『幽霊にはドッペルゲンガーがいない』」

「はい正解!」

「うわっ!?」


 突然僕の隣からボンッ! と破裂音がして、僕は仰け反った。たちまち白い煙が辺りに立ち込める。


「な、なに!?」

「お前……淀橋!」

「やぁ」


 現れたのは『校舎裏の幽霊』・淀橋兎彦よどはしとひこだった。何だか胡散臭い笑顔を貼り付けて、ひらひらと片手を振っている。あまりに突然現れたので、周りの幽霊たちにも動揺が走った。


「何だよお前……いたのかよ!」

「もうちょっとフツーに登場できないの?」

「もしかしてずっとワイらを見てたのでござるか? コソコソと……イヤらしい奴!」

「ねぇ荒草くん、この人誰?」

 突然現れた不審者幽霊を指差し、里中さんが困ったように僕に耳打ちした。

「えぇと、犯人です」

「犯人??」

「ええ。この人のせいで、おりょうさんの呪いが生まれ、僕らの学校に『百鬼夜行』の扉が開いた……」

「オイオイ。ひどい言い草だなぁ。人を諸悪の根源みたいに言うなよ」

「だって犯人じゃねえか」


 犬飼が淀橋の頭を叩こうとしたが、あいにく幽霊な彼には物理攻撃は無効だった。飄々とした笑い声が墓場に木霊する。


「それはそうと。おめでとう、荒草くん」

 淀橋は僕に向き直り、おどけたように拍手をし始めた。


「何が?」

「クイズだよ。とうとうひとつ目の謎を解いたんだね」

「それって、『ドッペルゲンガー』のこと?」

 冷や汗をぬぐった。僕はようやく体勢を立て直した。

「じゃあ、やっぱり合ってるの? 『ドッペルゲンガー』の正体は鏡だって」

「そうだよ」

「この野郎、ずっと黙ってやがったな!」

 犬飼が再び淀橋に殴りかかった。

「知ってたくせに、俺たちのこと隠れて観察しやがってよ! 何で教えてくれなかったんだ!」

 淀橋はそれをひょいと避け、白い歯を浮かべた。


「勘弁してくれ。それに、僕は別に君たちを見張ってた訳じゃない。君たちがクイズに正解したら、自動的にその場に召喚されるようになってるんだよ」

「だから何なんですか、その不可思議なシステムは……」

「……諦めた。何がどうなってるかは知らんが、コイツはもう、こう言う奴だ」

 伊井田が肩を落とし、犬飼が深くため息をついた。淀橋は気にせず笑った。


「それに、クイズってのは答えを教えてもらっちゃ意味がない。解く過程にこそ意義があるんだよ。頭を悩ませ、解答に至るまでの道筋が……必要なんだ」

「どう言うこと?」

「つまり、君たちが『自力で解くこと』によって、『百鬼夜行』のキーアイテムが手に入るってこと」


 淀橋が水たまりを指差した。雨は大分止んで来たが、それでもまだポツポツと水面は波打っていた。その中に、淀橋の姿はやっぱり映っていない。幽霊である彼は、鏡には映らないのだ。


「キーアイテム……つまり『鏡』だ。古来から鏡は魂を映し出すものとして、魔除けや厄除けにも使われていてね」

 淀橋が語り始めた。

「日本にも『八咫鏡』と言う、三種の神器にもなっている神聖な鏡がある。吸血鬼が鏡を嫌うのも、鬼は魂を失っていて、その姿が映らないからと言われているんだ。だから鏡に『もう1人の自分ドッペルゲンガー』が映るのは、生きた人間だけってことさ」

「そうなんだ……」

 淀橋が僕をじっと見つめた。

「そしてここからが本題なんだけど、生身の人間が『百鬼夜行』の中に入るには、自分の身代わりスケープ・ゴート……つまり『もう1人の自分ドッペルゲンガー』が必要になる。『ドッペルゲンガー』を用意してって言ったのは、そう言う意味。じゃないと、丸腰の人間はたちまち悪しきモノに囚われて、あっという間に魂を喰われてしまうんだ」

「え……!」


 伊井田と犬飼が顔を引きつらせた。僕は淀橋の視線から目を逸らさないようにして、食い下がった。


「つまり、『鏡』を持ってれば無事に中に入れるってこと?」

「そうとも言えない。安否は保障できない。ただ鏡は魔除け、お守り代わりになるってだけさ。ちなみに鏡に映らない幽霊や妖怪が『百鬼夜行』に入ると、僕らはたちまち行列に組み込まれる。僕たちの意思とは関係なく、問答無用で君たちを襲う側になってしまう」

「げ……! マジかよ」

「そうか……だから」


 僕はひとり納得して頷いた。あの時淀橋が言っていたこと。自分にはおりょうさんが、と、彼はそう言った。それはつまり、幽霊である彼には『百鬼夜行』の行列に入るキーアイテムのひとつ、『ドッペルゲンガー』が手に入らないから……中に入ると、列に加わって人間を襲う側になってしまうからだったのだ。


「待ってよ。じゃあおりょうさんは……?」

「おりょうさんは、鏡以外に、ちゃんとお守りを身につけているんだよ。羊くんなら、もう分かるだろう?」

 淀橋が僕の目をじっと覗き込んだ。

「もしかして、あの……おとぎ話に出てきた『花』?」

「そう!」

 僕がおずおずと答えると、犯人淀橋は嬉しそうに手を叩いた。


「だからおりょうさんは特別なんだ。あの行列の中でまだ意識を保っていられるのは、あの『花のお守り』を持っている、おりょうさんだけだ」

「……つまり淀橋くんは、七不思議を解かせて、『百鬼夜行』の中に入れる人間を探していた?」

「……ま、そう言うことにしておこう」

「ぬぁにが『そう言うことにしておこう』だよ。カッコつけやがって!」


 犬飼が悪態をついた。どうも彼は寝不足なのか、それとも良いように振り回されてるのが気にくわないのか、淀橋にだけは険悪だった。

「はっきり言いやがれってんだ、“自分には無理だからどうか助けてください“ってよ!」


 すると淀橋が、暗い目をしてじっと覗き込んだ。雰囲気が少し、変わった。

「な……何だよ?」

 暗がりに佇み、犯人淀橋が独白を始めた。


「……覚えておくといい。人間には人間のルールがあるように、幽霊には幽霊のルールがある。『百鬼夜行』だってそうだ。野生生物の生態系や自然界の掟と、人間の社会をまるっきり同義には語れないだろう。自分たちの理屈や道理だけで納得できないモノなんて、この世にはいくらでもあるんだ。ましてやあの世にはなおさら……ね」

 一陣の風が墓場を横切る。夜の冷気が僕の頬を撫でて行った。

「だからって……お前」

 だが残念ながら、犬飼は『覚えておくといい』から後の言葉は聞いちゃいなかった。この頭固男ダビデ像に、難しい話は土台無理なのである。


「でもお前、わざわざクイズ形式にする必要なくね!?」

「や、だからそれは……」

 せっかく幽霊らしく威厳のある台詞を吐いた淀橋も、瞬く間に犬飼の歯牙にかかった。

「『自力で解く』必要あったか? 答え知ってたんだから、さっさと教えてくれりゃ良かったじゃねえか! おりょうさんを助けたいんだろ!? だったら……」

「待って!」


 空中で幻影淀橋と戯れる犬飼を制して、僕は短く叫んだ。


「僕、分かったかもしれない……」

「え?」

「何が?」


 みんなが一斉に僕を見た。人間も、幽霊も。みんなの視線を浴びながら、僕の頭の中をたくさんの言葉のカケラたちが駆け巡った。


 幽霊のルール。

 クイズ形式。

 ヒントは、もう目の前にある。

 今日はミステリーじゃないのね?


 頭の中で、立花さんの声がする。


 そうそれ。私も読んでみたけど、良かったわ。トリックの出来はイマイチだったけど。


 ……そうだ。

 

 


 僕は小さく息を飲んで、それから静かに言葉を紡いだ。


「……分かったんだよ。『百鬼夜行』のもうひとつの鍵。幽霊の……『おりょうさんの正体』が」

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