第25話 校舎裏の幽霊の謎・解決編

 犯人にたっぷりヒントをもらった僕らは、事件の関係者……学校の七不思議たち……を集め、納骨堂に集まった。春先におりょうさんが見知らぬ他人に手を合わせていた、あの納骨堂だ。


 大人になったトイレの花子さん、音楽室のタケゾウ、筋肉と骨の出来立てカップル。給食のお……お姉さん・里中さんも、出勤前だというのに、噂を聞きつけて駆けつけてくれた。


「さぁ! いっぱいいっぱい、お化け退治するわよぉ!」


 果たして彼女は何をどう伝え聞いているのか。集まったお化けたちの中心で、里中さんが腕まくりし、嬉々として声を張り上げた。野次馬根性丸出しで、見るからにウキウキである。有り難かったが、この人の情報網はどうなっているんだと、半ば呆れもした。


 さらにウチの学校の七不思議以外にも、『立花洋菓子店』の創始者であるおじいちゃんや、夏にお世話になった合宿所の管理人まで集まってくれた。共同墓地の一角に、近隣の幽霊が一堂に会しているのは中々すごい眺めだった。お墓で眠っていた近所の幽霊たちも、何だ何だと興味深げにこちらを覗き込んでいる。


 犬飼があくびを繰り返した。時刻はもう夜中の0時を過ぎ、草木も眠る丑三つ時……2時から2時半の間だった。と言っても大概の高校生は深夜ラジオを聞いたりゲームをしたり何かと忙しいから、まだまだ全然活動範囲内ではある。


「ぶっちゃけ、明日も朝練あるんだよ」


 犬飼が目を擦りながらぼやいた。


「なぁ、ケン」

「ん?」

 僕はあることに気がついて、驚いて犬飼を見つめた。


「ケン、いつの間に霊感に目覚めたの?」

「え? さぁ……? そう言えば、いつの間にだろうな?」

 犬飼も今更気がついたかのように目を見開いた。

「夏の合宿中は、幽霊なんて見えなかったのに。今は見えてんな……何でだろう? 羊から淀橋の話聞いて、むかっ腹立って来て……いつの間にか、だな。こう言うの、ノリじゃねえの?」


 墓場に集まった幽霊を見渡して、犬飼が能天気に両手を振った。

 ノリで霊感を得る。

 犬飼はそれで納得したようだったが、僕は頭を抱えた。そんなばかな。犬飼が突然霊感を得たのには、何か理由が……きっかけがあるはずだ。僕にだって、元々霊感なんてなかった。それは伊井田や、立花さんだってそうだ。もしかしたら、それが『おりょうさんの正体』に近づくになるんじゃないだろうか。霊感のきっかけ……合宿中にはなくて、今の犬飼にはあるもの……。


 しばらく黙って考え込んだが、あいにく気の利いた答えは浮かばなかった。

 僕は諦めて夜空を見上げた。

 星は見えない。雨脚は弱まったものの、墓地には相変わらず冷たい雨が降り注いでいた。空を分厚い雲が覆っている。一本足の唐傘お化けが、僕らの頭上でふわふわと、細い雨を受けて楽しそうに踊っていた。もし霊感がある人が納骨堂を通りかかったら、これから幽霊の大運動会か、はたまた季節外れの祭りでも始まったのかと仰天することだろう。


「……みんな、聞いてくれ」


 それから僕はみんなの前に立ち、『事件』のあらましを手短に七不思議たちに説明した。霊感の件は引っかかるが、ここは後回しだ。とりあえず分かる部分から先に解いて行かないと、ずるずる時間だけが過ぎて行ってしまうことになる。残りの七不思議……おりょうさんの正体や、ドッペルゲンガーについて、誰か知ってはいないか。話を終え、僕はみんなを見渡したが、しかし残念ながら、期待したような答えは返ってこなかった。


「見たことないなあ」

「ドッペルゲンガー? 悪いけど、聞いたことないね」

「幽霊には、もう一人の自分なんていないよ。人間だけのものじゃないかい?」

 そもそも七不思議同士、特段仲が良かった訳でもなさそうだ。トイレの花子さんと人体模型が連絡を取り合ったり、一緒に遊んだりもない。その辺は人間と同じで、たまたま同じ学校に居合わせたという感じだろう。

「里中さん、どうですか?」


 僕はすがるように里中さんに尋ねた。しかし、耳聡い彼女も、弱々しく首を横に振るだけだった。


「さぁねぇ……。ドッペルゲンガーなんて、この町じゃ聞いたこともないな。だけど、その立花さんって子は、自分のドッペルゲンガーを探し当てたんでしょう?」


 僕は頷いた。

 そう、思えば立花さんには、図書室で僕と会話したあの時点で謎が解けていた。その2つの謎を解いてしまったことで、彼女は『百鬼夜行』の扉を開き、その中に囚われてしまった。


 『百鬼夜行』の扉が現れたのは、もうひとつある。

 忘れもしない、里中さんと出会った帰り道。初めて僕の腕時計が壊れたあの日だ。あの日僕もまた、図らずも2つの謎を。そうとしか考えられない。偶然にも、あの時、条件が揃ったのだ。だから扉が開いたに違いない。だけどあの時、僕の周りにはドッペルゲンガーなんて見当たらなかったし……。


 思い出せ。あの日、何が起きたのか。立花さんとあの時、何を話したのか。僕は口元に手を当てた。確か……。



「今日はミステリーじゃないのね?」


 最初に彼女と読んでいる本の話をした。たわいのない会話だ。これは関係ないだろう。


「そうそれ。私も読んでみたけど、良かったわ。トリックの出来はイマイチだったけど」

「ねぇ、もうすぐクリスマスじゃない?」

「そういえば最近、おりょうさんは?」


 クリスマスが近い……彼女が同じミステリィを読んでいて、何だか僕も嬉しかった……いや、違う。


「おりょうさんのこと。何か共通項があると思うのよ。おりょうさんが見える人と、見えない人の違い……」

「だったら、犬飼くんは? 野球部のメンバーも、全員合宿でおりょうさんに出会ってるはずなのに、見える人と見えない人がいたわ」

「そもそもどうして私たちは、おりょうさんが幽霊って分かったのかしら?」


 ……そう、そうだ。彼女は見える人の共通項について疑問を持っていた。そこから解を導き出したのだ。犬飼が急に霊感を得たのも、きっとヒントになる。おりょうさんの正体が幽霊だと言うことにも、立花さんは疑問を持ち始めていた……何故?



「羊、大丈夫か?」

 不意に犬飼に声をかけられ、僕はハッと顔を上げた。


「あんまり落ち込むなよ。まだ一週間はあるんだ」

 犬飼は僕が落ち込んでいると思ったらしい。

「とにかく、人海戦術で行こうと思ってよ。ここにいる全員で町中探し回れば、何かしら見つかるだろ。だからあんまり、1人で抱え込むなよ。何かあったら、ちゃんと言葉に出して言え」

「……うん。ごめん……」


 少し1人で先走り過ぎたか。僕は俯き、足元のじっと水たまりを見つめた。隣では、里中さんがようやく合点がいったように独りごちた。


「とにかく1週間以内に、誰のものでもいいからドッペルゲンガーを見つけて、それにおりょうさんの正体も探さなくちゃならないって訳ね」

「中々ハードスケジュールですな。何かヒントは……」


 伊井田が唸った。彼の問いかけに、応えるものは誰もいなかった。ここに来て、行き詰まってしまった。せめて『ドッペルゲンガー』くらいは、幽霊に聞けば何かしら分かるだろうとたかを括っていたのだが……雲は厚く、今宵は月も拝めそうにない。僕はまだ水たまりを見つめていた。波打つ水面にゆらゆらと雲が映っている……。


 


「分かった……」


 その時、僕の頭にフッと閃くものがあった。僕は勢いよく顔を上げた。

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