第24話 ヒント
淀橋兎彦が消えた後、しばらくして犬飼がやってきた。
僕らはベンチのある中庭に移動した。そこで彼におりょうさんのおとぎ話を見せながら、先ほどの一部始終を詳しく話した。空は暗い。細い雨粒が、ポツポツと校舎の窓を叩く。時々ゴロゴロ……と、遠くの空から雷の音も聞こえ始めた。これは早めに帰らなければ、今夜は本格的に降ってきそうだった。
「おりょうさんに関する3つのクイズ、か……」
話を聞き終えると、犬飼は腕を組んで唸り声を上げた。時刻はもう21時近かった。部活動を終えた生徒たちが、色とりどりの傘を差し、僕らの前を楽しそうに横切っていく。
「とにかく一週間しかないわけだろ? だったら早めに片付けちまわないとマズイな」
「かと言って……何か心当たりでもあるでござるか?」
「さぁね。3つとも、よく分かんねえ。【おりょうさんの正体】に、【ドッペルゲンガー】、それに【百鬼夜行】か。どれも七不思議に関係してるってことくらいしか……。オイ、羊!」
犬飼が僕を呼びかけた。
僕はベンチに腰掛け、笑いながら帰宅する生徒たちの背中をぼんやりと目で追っていた。彼らのように陽気で幸福そうな生徒もいれば、立花さんのように『百鬼夜行』に囚われ、命の危険が迫っている生徒もいる。その2つが同じ世界に両立していることが、にわかに信じられなかった。
隣同士なんだ。そう思った。
幽霊も人間も。
幸福も不幸も。
病気も元気も。
安全も危険も。
裏も表も。
生も死も。
きっと死は、ずっと生きた先の延長線上で待ってる訳じゃなくって。危険なことは、安全な場所にいれば絶対訪れない訳じゃなくって。どちらも……目に見えないだけで……意識し辛いだけで……本当はすぐ隣に佇んでいるものだって。どうして僕は、すぐに忘れてしまうのだろうか。そのせいで、立花さんは……。
「羊!」
「……何?」
「ボーッとしてるんじゃねえよ。何か思いついたのか?」
「いや……」
僕は力なく首を振った。思いつくどころか、頭の中がぐるぐるにかき回されたみたいになって、今は何かを考えるどころではなかった。
「『持ってくる』ってなんなんだろうな? おりょうさんを『持ってくる』……?」
「何か遺骨とか、彼女の遺品がどこかに埋まってるのかもしれませんな。それを持ってくる……」
「【ドッペルゲンガー】って言うのは、何なんだ?」
「知らないんでござるか? 『もう1人の自分』って奴でござるよ。この世界には、自分にそっくりな人間が少なくとも3人はいると言われていて……」
「え!? じゃあ、俺にそっくりな俺が、どっかに後2人はいるってこと!? 他の人も? 全員にドッペルゲンガーがいるわけ?」
「さぁ……。ワイは会ったことないから、分かりませぬが……」
伊井田が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「そんなの、世界にゃ何十億と人間がいるってのに、イチイチ見つけてる暇なんてないよな」
「そもそも何のために【ドッペルゲンガー】を連れて来なくちゃならないんですかね……?」
「それは、七不思議を全部解かせるためじゃねえの?」
「それこそ、何のために?」
「さぁ……」
伊井田と犬飼がしゃべっているのを、僕は横で聞いているだけだった。
僕は両手で顔を覆った。
僕のせいだ……。
時間が経つに連れ、後悔の念がドッと押し寄せてきた。僕が面白半分に七不思議なんて調べだしたから……おりょうさんに害がなさそうだからと言って、軽く考えていたのが間違いだった。僕のせいで、立花さんが……。
「あーもう!」
隣で犬飼が苛立ったように立ち上がった。
「このままじゃラチがあかねえ。ヒント聞きに行こうぜ、ヒント!」
「え? ヒント? 誰に?」
「だから、その淀橋って奴にだよ。『校舎裏の幽霊』。まだいるんだろ? 幽霊なんだし」
犬飼が僕の肩を思いっきり叩いた。
「だからさっさと元気出せ! まだ何も終わっちゃいねえぞ。これから謎を解いて、彼女を助けるんだろうが」
「……うん」
僕らは再び校舎裏に移動した。人気のない小径で淀橋に呼びかけると、何と彼はもう一度姿を現した。僕は驚いた。
「普通に出て来られるんだ」
「じゃあ何でさっき消えたんだよ」
「だって、幽霊だから……とりあえず消えてみました」
淀橋はあっけらかんと笑った。このおちゃらけた幽霊の気まぐれに付き合っている暇はない。犬飼が淀橋に掴みかからんばかりに食ってかかった。
「オイ。立花さんがその『百鬼夜行』に捕まったってのは、本当なんだろうな?」
「ホントだよ。彼女は君たちよりもいち早く答えに気づき、そして此処にきた。【ドッペルゲンガー】と【おりょうさんの正体】もちゃんと持ってきて……入り口を開き、そして」
「【ドッペルゲンガー】? ちょっと待て」
犬飼が慌てた。
「じゃあ何か? 立花さんは、自分の【ドッペルゲンガー】を見つけたんだな? そして此処に連れてきた?」
「うん」
「【おりょうさんの正体】も?」
「だからそう言ってるじゃん」
「参ったぜ」
犬飼が僕を振り返り肩をすくめた。
「彼女こそ、真の名探偵だ。お前は探偵失格だな、羊」
「別に僕、探偵の試験を受けてるつもりもないんだけど……」
「立花さんは、クイズを解いたってよ。分かったんだ、彼女には。七不思議の謎が全部」
そう言うことらしい。しかしそのせいで、『百鬼夜行』に巻き込まれることになってしまった。犬飼が淀橋を睨んだ。
「大体何でわざわざ俺たちにクイズなんて出すんだよ。さっさと答え教えろよ。こっちは立花さんの命かかってんだ。おりょうさんだって、お前が助けに行けよ。お前の惚れた女だろうが」
「出題する側が解答者になってちゃ、クイズが成り立たないだろ? それに……」
淀橋は笑みを絶やさずに言った。
「僕にはできないようになってる。どうしても」
「できない……?」
「どうして?」
「……どっちにしろ【ドッペルゲンガー】と【おりょうさんの正体】がないと、【百鬼夜行】の扉は開かないんだよ。謎を全部解かないとね。だけど、確かにあの立花さんって子が巻き込まれたのは、彼女自身が進んでやったこととは言え、僕も可哀想だとは思う。だからそうだなぁ、君たちに少しヒントをあげよう……」
淀橋が一呼吸置いて、楽しそうに僕らをぐるっと見渡した。僕らは息を飲んで、じっと耳を澄ませた。
「ヒントは、
「はぁ??」
「それがヒント?」
「じゃ、あとはよろしく」
「あ! オイ、待てって!」
犬飼が慌てて淀橋を掴もうとしたが、あいにく彼の手は淀橋の体を突き抜けて空を切った。淀橋はそのまま煙のように闇夜に溶けて行った。それから何度呼び出しても、淀橋は一切出て来なくなった。此処から先は、自力で頑張れと言うことらしい。
「あんにゃろ……!」
「目の前にある、って……どう言う意味でござろうな?」
「とにかく……」
僕は気を取り直した。変なクイズを出されている内は、逆に言えば、まだ助かる望みはあるってことだ。そう、まだ終わった訳じゃない。
「やっぱり、七不思議なんだ。七不思議を全部解くことが鍵なんだよ」
「ようやく調子出てきたな」
犬飼が僕を振り向いてニッと白い歯を見せた。
「それで、どうする?」
「他のみんなも集めよう」
「みんな?」
僕は頷いた。
「うん。この町に散らばった他の七不思議たちだよ。トイレの花子さんとか、人体模型とか。餅は餅屋、幽霊のことは幽霊だ。どっちにしろ【百鬼夜行】に飛び込んで行くなら、戦えるだけの仲間が要るんだ」
雨が本降りになってきた。それでも僕らは誰1人、帰ろうとはいい出さなかった。僕らは日をまたがずに、早速手分けして他の七不思議たちに事情を説明しに走った。
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