第23話 校舎裏の幽霊の謎

 僕らの学校で校舎裏と言えば、西棟の金網フェンス側に当たる。


 校舎の裏手には金網フェンスが張り巡らされており、棟と金網フェンスの間に雑草の生茂る狭い小径こみちがあった。車が1台通れるか通れないかくらいの狭い隙間で、この小径を通り抜けると何処に行くにしても逆に遠回りになってしまうから、普段は誰も寄り付かない。時々体育教師が竹刀を持って見回りに来ては、溜まっている不良たちを箒で掃くみたいに、ビシバシと追い立てて行くくらいだ。


 僕が校舎裏に辿り着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 廊下から漏れる明かりと、金網フェンスの向こうに等間隔に立ち並ぶ古びた電灯の光が見える。僕はスマホを取り出し、ライトを付けた。小径こみちに踏み込み、僕は暗がりに目を凝らした。視界の先で、不意に人影が揺れる。


「やあ」


 僕は目を見開いた。

 いた。本当に、誰かいた……。

 そいつは、その少年は僕と同い年くらいだった。どうやら学生のようだ。僕らの高校の制服を着ている。少年は片手に何やら古ぼけた本を持ち、友達にでも話しかけるみたいに、気さくに僕に話しかけてきた。


「待ってたよ。荒草羊あれくさようくんだろ?」


 背の高い、ひょろっとした少年だった。揺れ動く光と影の間で、柔和な瞳がじっと僕を見つめていた。少年がぱたんと本を閉じた。僕は返事をしなかった。飄々とした態度だが、場所が場所だからだろうか、僕にはそれが、生身の感情を隠す演技のようにも思えてしまった。僕はさらに警戒を強めて、彼と距離を取ったままだった。


 痩せこけた頬がやけに目立つ。それに、病的なほど青白い肌。もちろん僕の知り合いにこんな奴はいない。他のクラスでも見かけたことがなく、こんな時間に、こんな場所にいる人物など、心当たりはひとつしかなかった。つまり、この少年が『校舎裏の幽れ……


「そんなに緊張しないで。僕は淀橋兎彦よどはしとひこ。この事件の犯人だ」

「え……」


 思いがけない自己紹介に、僕は面食らった。犯人? 事件だって?


「そう。実は僕が犯人なんだよ。犯人に『僕が犯人です』と名乗られるのは初めてかい? まぁ、そう言うことだってあるさ。あっはっは。と言っても、君には何の事件の犯人かも分からないだろうけど……」

「僕はてっきり……」

「幽霊かと思った?」


 淀橋と名乗った少年がにっこりと笑った。僕は黙って頷いた。


「実はそれも正解。僕は『校舎裏の幽霊』で、おりょうさんを祓った『犯人』。まぁ待ってくれよ。そんな顔するな。順を追って説明するから……」


 そこで僕は彼から初めて、事の真相を、おりょうさんの身に何が起きたかを聞いた。



 遥か昔、淀橋とおりょうさんが出逢ったこと。

 この学校の近くで『百鬼夜行』が起こったこと。

 淀橋とおりょうさんはそこに居合わせ、おりょうさんが犠牲になってしまったこと。



「そしてその少年は……少年ってのはつまり、僕のことなんだけど」

 淀橋はにこやかな笑みを絶やさずに言った。片手には古びた本を持ったままだ。


「ついつい『百鬼夜行』を

「え?」

「つまり、もう一度彼女に逢いたいと……そう思った訳だね。『百鬼夜行』をもう一度再現し、今度は自分も列に加わって、その中でおりょうさんを探し出して見せると、そう誓ったんだ」

「…………」

「ほら、此処にも書いてある」


 淀橋が近づいて来て、手に持った本を僕に見せた。

 古びた本には昔話風に、この学校の七不思議について、それからおりょうさんについて詳しく書かれていた。僕は見せてもらった昔話を読みながら、淀橋の横顔をチラと盗み見た。淀橋の表情に変化はなかった。悲壮感もない。僕はこの男に同情するべきかどうか迷った。


「その哀れな少年の稚拙な願いのせいで……この学校には今でも『百鬼夜行』の通り道が開いたままになっている。これが、7つ目の不思議だよ」

「7つ目?」

「だから、七不思議さ。文書だと『××××××××』で、隠されているだろう? これ。最後の七不思議が、『百鬼夜行』だ」


 僕は言葉に詰まった。


 最後の七不思議。

 隠されていたシークレットの部分……『百鬼夜行』。

 この学校の何処かにある、異世界と通じる通り道。

 寝耳に水だが、だけど僕はついこの間、それらしきものを目撃したのだった。そうすると僕は、図らずも7番目の不思議に触れていたことになる。


 それにおりょうさんについても。『校舎裏の幽霊』もだ。ここに来て何もかもが、今まで分からなかった真相が、次々に明らかになっていく。僕の腕時計が4時44分で止まってから……逆に現実の方は、メーターを振り切るみたいに目まぐるしく速度を増していっているようだった。


 冷たい夜風が疾くなって、建物の間で轟々と鳴いた。暗がりの中で、僕らはしばらく黙って向かい合っていた。『校舎裏の幽霊』……一体どんな奴なんだろうと思ったら、まさかおりょうさんを祓った張本人だったとは。しかも自ら、犯人だと名乗りを上げるとは。


「……じゃあ貴方が、本物の『校舎裏の幽霊』?」

「うん」

 淀橋は頷いた。

「僕は『校舎裏の幽霊』で、七不思議の中じゃ5つ目の不思議ってことになってる。ちなみに7つのうち、4つ以上の謎を解かないと、僕には出会えないんだ。そう言う条件だ。何も解いてない状態でここに来ても、僕は現れない。君がこうして僕に会えたってことは、七不思議の謎を解いて来た証拠でもある」


 おめでとう、と彼は嬉しそうに手を叩いた。

 なんだかゲームの『隠れキャラ』みたいな七不思議だ。僕は喜んでいいのか分からず、表情を強張らせたままだった。おりょうさんの過去は分かったが、それでもまだ事件は何も解決していない。肝心の立花さんは姿を消したままなのだ。それに、淀橋の話が本当なら、何故今になっておりょうさんはその『百鬼夜行』の行列から抜け出して来たのか。


「……もうすぐ此処で、再び『百鬼夜行』が起きる」

 淀橋がぱたんと本を閉じた。

「その警告に出て来たんだろう。僕の時と同じさ。この事件の、彼女の役割はそれなんだ。ちなみに僕の役割は……」


 その時、僕の後ろから伊井田が追いついて来た。伊井田は僕と、それから向かい合ってる淀橋を見て怪訝な顔をした。


「オイ羊、その人は?」

「この人は……えっと、『校舎裏の幽霊』で……」

「こんばんは、犯人の淀橋です」

「犯人ん?」

 伊井田が目を丸くした。淀橋は恭しく頭を下げた。


「そう、犯人だよ。どこからどう見ても、ね。見てよ、こんなに怪しい幽霊はいないでしょう?」

「怪しくない幽霊のがいないと思うが……」


 一連の流れを説明され、伊井田が唸った。たとえ怪しい人間であっても、自分で自分を怪しいと言う奴はいない。それだけにこの淀橋という少年、余計に怪しかった。


「待てよ、じゃあ立花殿は何処へ……?」

「ドキドキ! おりょうさんク〜イズ!」

「へ!?」


 突然淀橋が大声を上げたので、僕らは腰を抜かしそうになった。暗がりの小径こみちに、拍子抜けするほど底抜けに明るい声が響く。


「な、なんでござるか急に」

「ビックリしたなぁもう。怪しい動きをするなよ」

「だって怪しいんだもん」


 淀橋はへらへらと、悪気など一切なさそうな表情で笑った。やけに楽しそうだ。久しぶりに現世に出られて、舞い上がってるのかもしれない。あるいはさっきまでの湿っぽい雰囲気を吹き飛ばそうと、わざと明るく振舞っているかだ。怪しげな幽霊・淀橋が続けた。


「これからおりょうさんに関するクイズを3つ出しま〜す」

「はぁ!?」


 意味が分からない。意図も。いきなりクイズが始まってしまった。


「クイズ??」

「何がドキドキだよ、ふざけやがって」

「まぁまぁ。これが僕の役割なんだよ。4つの謎を解いた生徒に、クイズを出題するって言う……」

「ますますゲームキャラじみて来ましたな」

「1つ!」

 淀橋が人差し指を夜空に向かって突き立てた。


「【おりょうさんの正体】は何?」

「えぇ? 正体?」

「だから幽霊じゃないの?」

 僕と伊井田はぽかんと口を開けたまま顔を見合わせた。僕と伊井田が戸惑っているのが、淀橋にはとても嬉しいらしかった。満面の笑みで僕らに顔を近づけてくる。


「違いま〜す」

「いやだって、さっき幽霊って、本人だって言ってたでしょ? その本にもそう書いてあったし」

「【おりょうさんの正体】が分かったら、1つでもいいから持って来て僕に見せてください」

「なんなんだよ……」

「どう言うことでござるか? 1つでもって、どういう……?」

「2つ!」

 質問する暇を与えず、出題が続く。指がピースサインになった。淀橋が生き生きと躍動する。全く最近の幽霊ときたら、本当に騒がしい。僕らは地面に根っこが生えたみたいに、呆然と突っ立ったままだった。


「【ドッペルゲンガー】を連れてくること!」

「ドッペルゲンガー?」

「あの、6つ目の謎のやつでござるか?」

「あぁ、忘れてた」

 ドッペルゲンガーがいれば、一応七不思議は全部揃ったことになる。

「果たして本当にいるのかのう? ドッペルゲンガーなんて……」

「3つ!」 

 最後にスリーピースを夜空にかざして、淀橋が声を張り上げた。


「3つ目。最後は、【百鬼夜行の中に入って、囚われたおりょうさんと、それから立花さんを救い出す】こと」

「え……」


 彼の声が響いたその瞬間、風が止み、校舎裏はしん……と静まり返った。僕は目を見開いて校舎裏の幽霊を見た。淀橋はピタリと動きを止め、それから僕の方をじっと見つめた。僕はたじろいだ。淀橋は唇の端を小さく釣り上げた。


「制限時間は今から一週間。一週間を過ぎると、君のその、4時44分で止まった時計は……再び『動き出す』」

「立花さんは、じゃあ……!」

「そうしたら、もう時間切れタイムオーバーだ。次の『百鬼夜行』は数百年後。囚われた彼女たちを助け出す術はない」

「待って! そんなの……」

「じゃあ、あとはよろしく」


 そう言い残して、淀橋はどろんと姿をくらましてしまった。後には彼の手にしていた、古びた本だけが残された。


「そんなのもう、クイズじゃなくない……?」


 僕は呆然と、誰もいない空間に向かって抗議の声を上げた。だけど僕の声は再び吹き荒れ始めた風にさらわれ、遠く夜空の向こうへと消えて行った。空はどんよりと曇っていた。天気予報では、これから一週間、少なくともクリスマスまでは雨が降り続くと言う話だった。

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