第12話 花壇
「最近じゃ中々いないのよ、こう言うのに興味持ってくれる人も……」
そう言ってオカルト研究会会長・山科カスミさんが笑みを浮かべた。山科さんはデスクトップを立ち上げ、さっと書類をプリントアウトしてくれた。書類はかなり詳細に調べてあるらしく、全部で数10枚にも及んだ。窓から差し込んだ木漏れ日が、手渡された白い紙にまだら模様を作った。空が高い。9月になったとは言え、まだまだ暑い日が続きそうだった。
「はい。これが仁馬山高校の、七不思議の資料よ」
「ありがとうございます」
僕は丁寧に頭を下げた。
僕は今、ウチの高校にまつわる
『七不思議』
を知るために、オカルト研究会の部室を訪ねていた。部室と言っても、東棟三階の片隅、社会科準備室を借りているだけで、『手芸部』や『歴史部』と兼用だった。会員は今のところ、この3年生の山科さん1人だけのようだ。後輩もいないようで、このままじゃオカルト研究会は私の代で解散ね、と彼女は笑った。丸っこい金縁眼鏡が似合う、物腰の柔らかな人だった。
「だって、高校生にもなって『七不思議』なんて……ねえ? あんまり信じる人も少ないでしょう」
「はぁ」
僕は曖昧に頷いておいた。僕だって信じているわけではない。ただ、呼んでもいないのに向こうから勝手にやってくるだけだ。
「あの……先輩は、幽霊って信じますか?」
「幽霊?」
去り際、ふと気になって僕は山科さんに尋ねてみた。
「そうねぇ……あのね、私こんな活動してるけど、正直霊感ってないのよね」
山科さんはいたずらがバレた子供みたいに、小さく舌を出して笑った。
「でも、幽霊とか妖怪とかUFOとか……信じてくれる人がいなくなったら、それっていないのと変わりないのかもね」
「…………」
良かったら貴方もオカルト研究会に入ってね、と、最後に山科さんはひらひらと手を振った。僕は小さく会釈をして、その足で伊井田たちの待つ図書室へと向かった。
「あったよ」
放課後の図書室は人もまばらだった。
伊井田と立花さんが、手持ち無沙汰に窓際のテーブルで待っていた。プリントアウトされた紙の束を掲げ、僕は少し得意げに2人にそう告げた。早速3人で手分けして『七不思議』を読み始めた。実際にどんな怪奇現象が起こったかはさておいて、『七不思議』のタイトルを列挙するとこんな形になる。
・校舎裏の幽霊
・4時44分44秒
・真夜中の人体模型
・しゃべりだすベートーヴェン
・ドッペルゲンガー
・トイレの花子さん
・××××××××
「ねえ……」
「これって」
2人が顔を寄せ合って囁いた。僕は頷いた。間違いない。一体誰が考えたのか知らないが、如何にもありがちな陳腐なものだ。だが確かに『4時44分44秒』と言う『七不思議』が、この学校には伝わっていた。これが、おりょうさんの謎を解く鍵になりそうだった。
「最後の××××××××って何かしら?」
「さぁ……『最後の謎は解いてはいけない』とか、『6個の謎を全部解いたら明かされる』とか、そんなんじゃないかな」
大体『七不思議』といえばオチは決まっている。全てを知ってしまうと不幸が訪れるとか、そんな類の奴だ。そして大概、7番目の不思議は『元々ない』か、『実にどうでもいい』ものだったりする。想像の余地を残すところがミソだ。
僕は『4時44分44秒』の頁を読んだ。
しかしそこに書いてある『不思議』は、僕が期待したような内容ではなく、『この時間になると学校中の時計が全て止まり、異世界への扉が開かれる』と言ったシロモノだった。時間が止まる訳がない。そもそも時計を直せばいいのに、と僕は思った。おりょうさんに関することは何も書いていなかった。やっぱり、彼女は関係ないのだろうか? 僕は少し落胆した。
「問題は……この『七不思議』を知っている人が、今ほとんどいないってことでござるよな」
伊井田がパラパラと書類を捲りながら唸った。
「調べようにも、今の生徒は『七不思議』なんてほとんど知らないでござるからねえ」
「僕、親に聞いてみるよ」
「私も」
果たして何年前からこの『七不思議』があるのか知らないが、卒業生なら何かしら知っているかもしれない。
「おりょうさんに……本人にも直接聞いてみた?」
「うん。でも、やっぱり『何も思い出せない』って」
僕はチラと壁にかかっている時計を見上げた。17時32分。約1時間前に、おりょうさんが花壇でハチに追いかけられている時に(ハチには幽霊が見えるのだろうか?)、さりげなく聞いてみた。しかし、やっぱりこの学校のことも、自分がどうして幽霊になったかも、本人は首を捻るばかりだった。
「ごめんなさい……」
おりょうさんはしょげかえっていた。1日にたった1分間しか出番がないのに、出てきた瞬間ハチに刺されそうになって終わり、なのだから落ち込むのも無理はない。あんまり気にしなくていいよ、と声をかける前に、彼女は透明になって消えてしまった。おりょうさんは、相変わらずおりょうさんだった。
「じゃあ……他の『七不思議』に聞いてみるしかなさそうね」
立花さんが小さくため息を漏らした。
「他の七不思議って?」
「この、『校舎裏の幽霊』とか、『トイレの花子さん』とか……」
僕と伊井田は顔を見合わせた。その発想はなかった。確かに……おりょうさんの姿が見えるくらいだから、他の『七不思議』だって見えてもおかしくはない。この『しゃべりだすベートーヴェン』なんて、会えばあることないこと、延々としゃべってくれそうである。
「名案でござるな。さすが立花殿!」
「そう? んふ……」
「じゃあ……どうする? とりあえず上から攻めるか?」
僕は一番上の『不思議』を指差した。『校舎裏の幽霊』である。しかし『校舎裏の幽霊』というのも、実に曖昧な表現で、イマイチ要領を得なかった。資料をめくっても、それらしい情報は一切出てこない。
「
「そうねえ……コイツが一番ヤバイ奴とかだったらヤダもんね。『出会ったら死ぬ』とかだったら、最悪だよね」
『怪談』も『七不思議』も、もうちょっと具体的に伝えといてくれないと、『校舎裏に幽霊が出て、だから何なの?』と、後輩はこうして戸惑うことになる。『出会ったら死ぬ』レベルの奴は、流石に親や教育委員会が放っておかないだろう。しかし万全を期すに越したことはなかった。
「図書室から一番近いのは……この子かしらね。『トイレの花子さん』」
立花さんが資料を指差した。それで僕らは早速、東棟の女子トイレに向かった。
資料によると、ウチの学校に伝わる『トイレの花子さん』は、つまりこんな感じである。
東棟の2階の、奥から3番目のトイレには『花子さん』が棲んでいる。
『花子さん』は数10年前にこの学校で自殺した生徒で(この辺は諸説ある。他の頁の考察には、変質者に追われ女子トイレで殺された生徒、とある)、その扉の前に立ち、3回ノックして
『花子さんいらっしゃいますか?』
と尋ねると、返事がする……というものである。果たして扉が開いて、花子さんに遭った生徒がその後どうなったかは、『誰も知らない』らしい。おどろおどろしいフォントでそう書いてある。誰も知らないのに、何故こんな文書が存在しているのかが一番の不思議ではあるが、この際それは深く考えないことにする。
結論から言うと、『トイレの花子さん』はもういらっしゃらなかった。
「むしろ……ワイが住みたい」
ちょっとした豪華ホテルのような作りに、伊井田は、下手したら変質者と捉えかねない発言を繰り返した。
「何処に行ったのかしら?」
立花さんが不思議そうに小首を捻った。僕と伊井田は顔を見合わせた。その発想はなかった。数10年前、このトイレにいたであろう『花子さん』は、今別の場所にいるのかもしれない。それで僕らは町で聞き込みを始めた。
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