幕間

 むかしむかしあるところに、おりょうさんと言う幽霊がおりました。


 おりょうさんは何百年も前から幽霊で、今は町の片隅の、一軒の空き家に住み憑いておりました。空き家はもう何十年も誰も住んでいませんでしたが、ある日のこと、一人の少年がそこに越して来ました。


 少年はまだ若く、そして彼は

幽霊

というものがまるっきり見えていない、つまり霊感の類が一切ありませんでした。


 さて、それで困ったのは、おりょうさんの方でした。

 おりょうさんはいつの間にか、その少年に恋をしてしまったのです。少年は大人しくも気立てがよく、周りからも大層慕われている様子でした。およそ幽霊や、怪しいモノとは縁の無さそうな明るさがありました。


 しかしそんな明るさは、幽霊にとっては当然心地よいものではありません。幽霊は暗いところが好きなのです。初めは少年を追い出そうと、

モノを動かしたり、

突然大きな音を出したりと、

おりょうさんもあの手この手を尽くしました。しかし少年の気にも止めない様子に……霊感がないので当然ではあるのですが……彼女も次第に心惹かれていきました。


 ところがおりょうさんには、少年に話しかける術がありません。気づいてもらおうにも、少年にはおりょうさんの声も聞こえず、その姿も見えません。


 それにおりょうさんは不安でもありました。


 おりょうさんは数百年前に亡くなった幽霊です。

 

 肉が爛れ、骨が剥き出たおりょうさんの姿は、正しく人間にとって忌み嫌われる存在で、せっかく気づいてもらえても、きっと怖がられてしまうでしょう。これまで何人もの霊媒師や除霊師が、彼女を退治しようと追いかけ回して来ました。醜いその姿を一目見て、少年もおりょうさんを毛嫌いするようになるかもしれません。


 さらに悪いことに……その家に数百年に一度の『厄災』の日が近づいていました。


『厄災』の日。


 その空き家は

『鬼門』

と言い、つまり人間にとって縁起でもない場所に建っていて……だからこそ長年空き家であったのですが……幽霊や物の怪など、この世のものではない妖たちの溜まり場になっていたのです。その妖たちが数百年に一度、『厄災』の日に向こうの世界から百鬼夜行することになっていて、その空き家もまた『通り道』の一つに選ばれていました。


 おりょうさんたちにとっては別に何の害もないのですが、しかし人間にとっては『厄災』でありました。なんせ人にとって良いモノも悪いモノも、大勢がその家を通って行くのです。中には巻き添いを食らって、一緒に何処かに連れて行かれる人もいたそうで。一体何処に連れて行かれるのやら、帰って来た人は一人もいないので、あいにく誰も知りません。


 おりょうさんは友人の幽霊であるおたえさんに相談しました。


「”書き置き”を残せばどうかしら?」

「”書き置き”?」

「そう。ペンを動かすくらいならおりょうにだって出来るでしょ? これなら霊感のない人にも、意思疎通ができるじゃない」


 おりょうさんはとりあえず、少年に接触してみることにしました。


 そうしている間にも、『厄災』の日は刻一刻と近づいています。


 もしその時に少年が家にいたら、いくら霊感がないとは言え、きっとただではすまないでしょう。おりょうさんはなんとかして、少年をその家から追い出そうと、必死になりました。


 しかし……。

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