第8話 森

 途切れることのない蝉の音が、四方八方から降り注ぐ。


 合宿所についてからと言うもの、僕は周辺の森や湖を散策して回った。『肝試し』に使えそうな場所が無いか探していたのだ。しかし実際には、そんな都合よく心霊スポットがあるはずもない。幽霊が住みやすそうな場所をいつまでも放置しておくほど、日本の都市計画も甘くは無いと言うことだろう。残念なことに、決められたコースを歩き回る、と言う従来の『肝試し』を断念せざるを得なかった。


 そこで『心霊写真』の話が現実味を帯びて来た。

計画としてはこう。

まず野球部員たちを、体育館などに一同に集め、そこで記念写真を撮る。その際に、おりょうさんに事前にスタンバッてもらって、写真の片隅に映るように姿を現してもらう。出来上がった写真を見たらびっくり、幽霊が写り込んでいる(完全に仕込みだが)、という手筈である。

「なるほど……がんばります!」


 事前の打ち合わせで、おりょうさんは胸の前で小さく握り拳を作り、そう意気込んだ。僕は試しに1枚おりょうさんの写真を撮って見た。出来上がった画像には、確かに右隅に、ぼんやりと顔のようなものが写っていた。生まれて初めて心霊写真が撮れたが、正直恐怖も感動もあまりなかった。撮れると分かっていて撮った心霊写真なんて、「そりゃそうだ」、という感想しか浮かばない。むしろこれで写っていなかった方が驚きだろう。


「おりょうさん、私シュークリーム作ってみたの。良かったら食べて」

「わぁ……!」


 合宿の二日目だか三日目だか、僕は立花さんと湖畔にピクニックに来ていた。

水面近くに椅子を並べて、日が落ちるまで各々悠々とした時間を過ごした。

 夕方ごろ、立花さんが優しくほほ笑んで、現れたおりょうさんにお皿を差し出した。おりょうさんはシュークリームを前にして、感激したように手を叩いた。女性陣はこの合宿で打ち解け、仲睦まじくやっているようだ。


 かたや僕ら男性陣はというと、犬飼は部活につきっきり、伊井田は部屋から一歩も出ようとせず、ひたすらゲームに明け暮れていた。僕は僕で文庫本を持ち歩き読書に夢中になっていた。これぞ高校生の、模範的夏の過ごし方って感じだ。え? 違う?


 涼やかな山風が心地いい。湖畔の水面に黄金色の夕陽がゆらゆらと煌めき、周辺の木々からは、時々野鳥の美しい鳴き声が届けられる。毎度同じみ、おりょうさんは1分で消えた。僕は我に返った。考えてみれば、今、立花さんと2人きりである。


「荒草くんも」

「え?」

「シュークリーム。食べない?」

「あ……」


 ありがとう、と言う意味の単語を口の中でもごもご言って、僕は差し出された皿に手を伸ばした。立花さんはいつも通りの感じだった。ただ、滅多にお目にかかれない黒いビキニの水着が目に眩しい。僕は、少し頬が赤くなっていたと思う。急いで本の中に視線を戻した。どうにかして、立花さんともっと親しくなれないかと思った。それは今読んでいるミステリ小説の続きよりも、おりょうさんの死因がどうのこうのよりも魅力的に思えた。


 僕はやをら立ち上がった。


 やはり、『心霊写真』なんかではダメだ。

伝統ある”歩き回るタイプ”の『肝試し』を敢行しなくては。

それで運良く立花さんと一緒に回れれば、もっと仲良くなれるかもしれない。

 

「どうしたの?」

「やっぱり僕、もうちょっと心霊スポット探してくるよ」


 戸惑う立花さんに、僕は力強く宣言した。我ながら名案だと思った。 


「私も行くわ」

「え?」

「1人でここにいてもしょうがないじゃない」


 立花さんは笑って白いシャツを羽織った。それで僕の心臓はもう一段階高く跳ね上がった。期せずして、僕らは2人で森や湖の周りを散策することになったのだ。こんなシュチュエーション、好きな人とデートか、もしくは人気のないところに誘い込んで殺す以外、考えられない。ミステリーの読み過ぎだろうか。後者でないことを祈りつつ、僕はドキドキしながら立花さんと並んで歩いた。



 だけどやはり、近辺にそれらしき建物は何も見つからなかった。

 その代わり、僕らは実に奇妙なものを発見することになる。



「ねぇ、あれ何……?」


 夜も更け、蝉の音も大分落ち着いてきた。しばらく森の中を歩いていると、立花さんが立ち止まり、前方を指差した。僕は首を伸ばした。

それは、人影だった。

明らかに獣とは違う二足歩行のシルエットが、薄暗くなった森の奥深くで蠢いていた。目を凝らし、その姿を確認する。


「管理人さんだ」


 声が響かないように、僕は口の中で小さくそう呟いた。あの後ろ姿は、間違いない、管理人のおじいさんだ。キョロキョロと辺りを窺い、何やら挙動がおかしかった。僕は手短に、立花さんに先日の出来事を伝えた。


「それって、怪しいわね……」


 立花さんは眉をひそめた。どうやら僕のミステリーの読み過ぎって訳でもないようだ。あのおじいさんは明らかに変だ。


「何か隠してるんじゃないかしら?」


 僕らは木の陰に隠れ、人影を目で追った。おじいさんは、幸いまだこっちには気づいてないみたいだった。シャベルに大きな荷物を担ぎ、コソコソと背を丸めて何処かへ向かっている。僕らは顔を見合わせた。音を立てないように気をつけつつ、僕らはおじいさんの後を追った。


 引き返すなら、この時だったかもしれない。だけど、危ないことをしているかもしれないと言う意識が、僕らを一層真夜中の追跡に夢中にさせた。


 結局おじいさんは、森の半ば、ほとんど目印も何もないところで立ち止まり、そこで数十分過ごした。僕らは近くの木陰に身を潜め、黙ってその様子を窺った。ザクッ……、ザクッ……と言う音が、時々風に乗って運ばれてくる。空にはもう、淡く星が浮かんで見えた。山の夜は気温も低く、隣で立花さんがブルっと体を震えさせた。


 どうやらおじいさんは、穴を掘っているらしかった。僕はさらに興奮した。

森の中で、誰にも見つからないように穴を掘る。こんなシュチュエーション、死体を埋める以外に考えられない。もしくは野○ソをしているかだ。あるいはエ○本を捨てているか……案外色々な状況が考えられるが、前者以外だと、僕と立花さんの仲が気まずくなってしまう。だから不謹慎ながら、どうか死体であってくれと願った。真夜中に女の子と2人で、老人の脱糞した跡をこっそり掘り返すだなんて、そこからどうやっていい感じに持っていけと言うのだ。


 しばらくして、音が止んだ。真っ黒な影だけになったおじいさんが、すうっとその場から離れ来た道を戻って行った。僕らは慎重におじいさんのいた場所まで進んだ。


「やっぱり……」


 周りは雑草だらけだったが、その場だけ真新しい土が被されていた。やはりおじいさんは、ここで穴を掘って何かを埋めたのだろう。立花さんも少し興奮したように息を漏らした。僕は意を決して、その跡を掘り返すことに決めた。一度掘り起こされた後だったので、素手でも案外簡単に掘ることが出来た。


 数分後。は案外早く見つかった。


「これって……」

「骨だ」


 僕らは息を飲んだ。土の中から出て来たのは、所々欠損していたが、明らかに白骨に間違いなかった。しばらく時が止まったかのように、どちらも一言も発せなかった。密かに期待はしていても、まさか本当に見つかるとは思ってもみなかった。


「どうしよう……」

 立花さんが困ったように言葉を振り絞った、その時だった。僕が彼女を振り返った時、その背中に、のっぺりと真っ黒な影が立っているのが見えた。


 管理人のおじいさんだった。いつの間にか、おじいさんが僕らに気づいて戻って来ていたのだ!

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