第6話 誠の望み

「よし、何をしたい? 悪魔に不可能はないぞ」

「前の職場で俺をいじめていた上司に復讐をしたい」

「ほう。悪魔の仕事らしくなってきたじゃないか」

「そうかな」

「血祭りにあげるんだな」

「いやいや、そこまではしなくていい」

「それじゃ手足をちぎるくらいにしておくか」

「いや、それもひどい」

「目玉をえぐるか」

「ちょっとグロすぎ」

「皮をはぐ」

「オエッ」

 ジャックは明らかに不機嫌になってきた。

「……じゃあ、どうしたいんだ!」

「一発殴りたい」

「なんだと?」

「グーで」

「殴るだけ?」

「そう」

「……ふん」

 不満げに俺を見ると、どこからか骸骨でできたような板状のものを取り出した。最近は悪魔もタブレットを持っているのか。ジャックは骸骨タブレットをスワイプしたりタップしたりしている。

「で、一発殴るだけの簡単なお仕事に、オレは何をすればいいんだ」

「俺がやられないように守ってくれ」

「相手の動きを封じるわけか」

「うん」

「そいつの名前と住所は?」

「名前は山木武彦。住所はえっと……」とスマホの電話帳を調べて答えた。

「よし。ちょっと待ってろ」

 ジャックは骸骨タブレットをまたいじりだした。しばらく画面を見ていたが、急に何かに気づいたように表情を曇らせた。

「……誠、ほかに望みはないか?」

「山木を一発殴りたいって」

「だから、それ以外で」

 ジャックは気まずそうに目を逸らす。何か都合の悪いことがあるらしい。

「お前、不可能はないって言ったよな」

「……」

「簡単なお仕事なんだろ」

「……悪魔にもいろいろあるんだよ」

 奥歯に物が挟まったような言い方。さっきまで偉そうに構えていたくせに、急に怖気づいたジャックに腹が立ってきた。

「じゃあいい。お前には頼まない」

「待て。ほかの望みだって考えれば思いつくだろう」

「そんなものないよ。俺には何にもなかった。お金も美女も単なる思い付き。でも、あいつへの怒りは思い付きじゃない。俺がずっと嫌な思いをしていたことをちゃんと知らせないといけないって強く思う。これは俺の心が動く確かな感情なんだ。今、はっきり分かった」

「殴ってどうする。何も変わらないじゃないか」

「変わるか変わらないかの話じゃない。俺の気持ちを伝える。それをちゃんとやりたい」

「……」

 ジャックは舌打ちをして、うつむいたまま何もしゃべらなくなった。

 俺は意気地なしのジャックに背を向け、叔父の館を後にした。

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