第5話 契約完了
「それじゃ、ここにサインを」
と契約書と何かの骨でできたようなボールペンを渡してくる。
契約書を受け取って「契約者名」の欄に署名した。
悪魔は俺の名前を確認しながら、
「しらいしまこと、でいいな、読み方。字は間違ってないだろうな。万が一、誤字があると契約無効になる」
もう一度名前を確認する。
「白石誠。うん、大丈夫。合ってる」
「よし。契約成立だ!」
「ちなみにお前の名前は?」
「ジャックだ」
「へえ、案外普通なんだ」
「本当の名前は悪魔語だから人間には聞き取れない。んで、『え、何?』って何回も聞かれるのが面倒なんでな。人間用の簡易ネームだ」
「それじゃ、ジャック、よろしく!」
「こんごともよろしく」
「なにそれ」
ジャックは契約書をどこかにしまった。
そしてこちらを向いて黙っている。
俺も悪魔を見ている。
悪魔はただ立っている。
俺は部屋を見回してみる。
「契約完了の演出は?」
「は? 演出?」
「いや、ほら、雷がドドーンみたいな。低い声でお前の望みはなーんだーとか」
「ああ、人間が好きそうなヤツか?」
「別に好きじゃないけど」
「なら省いていいな。で、オレに何をしてほしい?」
「うーん、急に言われても迷うな」
「できれば早い方がいい」
「よし、とりあえずお金もらうとか」
「金だな、よし!」
ジャックはうつむいて両手を開いて合わせるようにしながら呪文のようなものを唱えだした。両手がオレンジ色に光りだす。
「おお、すごい!」
俺は思わず感嘆の声を上げた。
光はさらに強くなり、直視できないほどまばゆくなっていく。
俺は目を開けていられなくなり、眼をつぶって顔をそむけた。
「ほら、金だ!」
ジャックの叫びとともにジャラジャラと何かが床に落ちる音がした。
恐る恐る目を開くと、床には大量の小銭が山積みになっていた。
ゲームなどでよく見るのは山積みの金貨だが、一つ拾い上げてみると銅の10円だった。他のも1円とか5円ばかりで金貨など一枚もない。100円はあった。
「よし、契約は履行だな」
「いや、うーん」
「どうした?」
「なんか盛り上がりに欠けるっていうか」
「文句か?」
「思ってたのと違う」
「人間はすぐ文句を言う。金と言ったのはお前だぞ。だから金を出したのに」
ジャックは怒り始めた。
「いや、ごめん。10円も金だもんな。俺の言い方が悪かった」
「分かればいい」
「よし、次行こう。次で決めよう!」
「次?」
「……美人とデートしてみたい」
「ふん、下等な人間が思いつく欲望のテンプレートだな。よし、少し待っていろ」とジャックはまたさっきと同じように両手を合わせて呪文を唱える。
光が強くなり、そこに現れたのは、外国人の中年のおばさんだった。
短く刈り込んだ金髪。服がパツパツになるような風船みたいな体型。優しそうな雰囲気ではある。
「……ジャック、言いにくいんだけど」
「美人だぞ」
おばちゃんは言葉が分からないような顔だがにっこりしている。
「『美人』の基準の問題なのかな」
「じゃあ、契約履行でいいな」
「いやいや待って! ちょっと待って」
「なんだ? まだ不満か?」
「もう一つだけ頼む」
「ランプの精じゃないんだぞ。まあいい。オレは心が広い悪魔だが、次で最後にしてくれ」
ジャックは手をくるくると動かして、おばちゃんを消す。
おばちゃんは最後まで優しい笑顔だった。
ごめん、知らないおばちゃん。
「これは本気のやつ。最後にする」
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