第4話 下級悪魔

「ん? お前は誠二郎じゃないな」

 息が信じられないくらい臭い。

「向こうへ行け!」

 俺は思わず足を蹴りだす。その足が、そいつのすねに当たった。

「あいたっ!」

 そいつはすねを押さえてかがみこむ。

「あー痛」

 すねを何度もさすっている。

「初対面の相手を蹴るかね普通」

 さすりながらぼやいている。

「お前が閉じ込めようとしたから」

「閉じ込める? 俺が?」

「ドアの鍵、閉めただろ」

「閉めてない。あれは建付けが悪いんだ。カギもゆるくてかかっちまうことだってあるんだよ。古い館だから」

 赤いそいつは嘘をついているようには見えない。

「え? あ、そうなの。だって見た目が完全に悪魔だから」

「悪魔だよ」

「本物?」

「そうだ。誠二郎に召喚された」

「誠二郎って叔父さんのことか。叔父さんは死んだよ」

「知ってる。契約した直後にあいつは急に死んじまった。で、天使が魂を奪っていったんだ」

「天使?」

「そう! 誠二郎の魂を横取りしていきやがった。俺の方が先に契約したのに! ちゃんと契約書だって見せたが、取りつく島もなかった。天使は横柄なやつばかりだ」

「天使っていいやつばかりじゃないんだな」

「それで一度地獄に帰ろうかと思ってたところにお前が現れて勝手にあたふたしてた」

「それじゃ、助けてくれたんだ。ありがとう」

「分かればいいんだ」と立ち上がって赤い悪魔は部屋の奥に消えようとした。

「ちょっと待って」

「ん?」悪魔が振り返る。

「契約したらどうなる?」

「死んだら魂をもらう。その代わり、悪魔を使役することができる」

「悪魔って何ができる?」

「まあ、いろいろだ。呪いとか黒魔術とか」

「雷落としたり?」

「それは……ちょっと難しい」

「炎を出したり?」

「少しなら」

「呪い殺したり」

「腹痛を起こして下痢させるとかな」

「……なんか全然強そうじゃないな」

「悪魔もいろいろあるんだよ」

「それで魂持ってかれるなんて割に合わないね」

「召喚した人間の魂の器の大きさとか召喚の方法とかで、どんな悪魔を召喚できるか変わってくるんだよ」

「叔父さんの器はそれくらいと」

「まあ、そういうことだ」

「よし、分かった」

「なにが」

「契約する!」

「俺と?」

「そう!」

「どうせこの先、俺の人生何もいいことなんか起きない。俺のルックス、学歴、スキル、がんばっても中流、悪けりゃ負け組確定、お先真っ暗まではいかなくてもだいぶ薄暗い。トラブルもないかわりに、ラッキーもない。安定した人生の低空飛行」

「絶望だ」

「そう、絶望。ホープレス。虚しいだけ。しんどくない人生なんてしんどすぎるだろ?」

「人間が忌み嫌う退屈だな」

「悪魔と契約したらワンチャンありそうじゃん?」

「ワンチャン?」

「こんな人生ぶち壊せる」

「なるほどな。覚悟はできてるのか?」

「覚悟?」

「悪魔と契約した者は死後、地獄に落とされる。いろんな責め苦を数万年単位で受け続ける。そして最後は悪魔の下僕となる」

「う、だいぶきつそうだね」

「そのあたり、ちゃんと分かっておいてもらわないとな」

「でも、どうせ今の人生もろくなもんじゃない」

「ようし、それでは契約だ!」

 悪魔の体から紫色のオーラが立ち昇る。何か呪文のようなものを低い声で唱えながら奇妙な手ぶりをする。

「うおおおおお、来たれ、契約書!」

 片手を天井に向かって勢いよく突き出すと、その手にA4くらいの紙が一枚握られていた。

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