第3話 召喚されたもの

 階段を上がってすぐの部屋に書斎は見つかった。

 ドアを開けた瞬間から、その異様な雰囲気が物理的な形を持つように俺の体を押して足が進まない。身体が「入ってはいけない」というサインを受け取ってしまっている。

 中からは香のような妙な甘ったるい匂いと、動物の死骸のような腐臭が濃く混ざって強烈に鼻を刺激する。何か妙なものがあるのは間違いない。

 入りたくない気持ちをぐっと抑えて、強引に体を部屋に押し込む。

 雨戸は締め切られ、部屋の中は昼間なのにほとんど真っ暗な状態だった。

 明かりのスイッチを入れると、まぶしさに思わず目をつぶる。薄く瞼を開くと部屋の真ん中に描かれた魔法円が目に入った。

「うわ、これは本格的なやつだ」

 映画やドラマで見たことのある、悪魔を呼び出すアレだ。

 円の周りには蝋燭が並べられており、少し溶けているところをみると何度か儀式を試したのだろう。干からびたトカゲのようなものとか、ネズミの骨格みたいなものとか、よく分からない枯れた植物などが散乱していた。臭いはここから出ていたらしく近づくと鼻を押さえずにはいられない強い悪臭が漂っていた。

 奥には木製の台座があり、分厚い本が開いて載せられていた。

 本は意外にも日本語で書かれており、開いたページには「エコ・エコ・アザラク」と書いてあった。

「騙されたんだな」

 急に叔父が不憫になった。

 どちらにせよ、こんな茶番が死因に関係することはないだろう。

 俺は書斎の明かりを消して出ていこうとした。

 そのとき、部屋の奥からガサッと音がした。何かが動いたような音だった。

 館の中はずっと静寂を保っていたせいか、小さな音でもひどく驚いてしまう。

 逆に言えば、この館で音を出すものは俺以外にいないということだ。

「誰かいるのか」

 まさかとは思ったが、一応部屋の奥に呼びかける。

 しばらく待ってみるが返事はない。

 俺はそっと明かりのスイッチに近づき、照明をつける。

 部屋の奥に目を凝らす。

 誰もいない。

 部屋全体を見回す。何も変わっていない。

 音がした方に近づいたが、本棚があるくらいで何もない。床に本が落ちたわけでもなさそうだ。

 ネズミか何かだろうか。

 俺は部屋を出ようとした。

 ――あれ?

 ドアが閉まっている。閉めてなかったはずだ。

 ドアノブを掴んでひねる。

 ガチャ。

 開かない。

 鍵がかかっている。

 ――閉じ込められた?

 突然、恐怖に襲われる。

 ガチャガチャとノブを力ずくで回す。押す引く。

 しかしドアは開かない。

 今度はドアを叩く。

「誰かいるのか! 開けてくれ! 開けろ」

 ちくしょう!

 何が起こってるんだ!

 パニックに陥りそうになっている。

「開けてくれ!」

 突然、耳もとで、

「開けてやろうか?」と囁かれた。

「うわあ!」

 俺は驚いてドアに頭をぶつけて座り込んだ。

「誰だ!?」

 振り返ると目の前に真っ赤な醜い顔があった。

「うわ! 何だお前!」

 さらに尻込みしようとするがドアでこれ以上下がれない。

 それはニヤつく不快な顔で俺を眺めている。顔も体も真っ赤で頭には羊のような角が生えている。黒々とした髭をたくわえ、目だけが金色に輝いている。

 こいつは悪魔だ。叔父は召喚に成功していたんだ。

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