§4 裁判の終わりと、そしてはじまり

 タカムラとわたしがなおも議論の応酬を続けていると突然銅鑼の音が鳴り響いた。

「――ふむ、双方そこまでとする。大儀であった」

「……いえ、閻魔様。まだ議論は尽くされておりませぬ」

「そうです!」

 タカムラが反論し、わたしも負けてなるものかと反射的に必死に食い下がる。


「その通りである。であるからこそ、日を改めて再度議論を行うべきであろう」

 閻魔様は立派な髭をしごきつつ、よく透る声で告げる。


「タカムラよ、どうやら娑婆の学問は随分進んでいるようだな。精進し再検討せよ」

「……ははっ。言葉もありませぬ」

「よい。久しくなかったことだ。これを機に大いに学ぶがいい」

 閻魔様はタカムラの方を見てそう告げた後、わたしに向き直って言う。


「亡者リツコよ、明日以降も裁判は続く。心せよ」

「は、はい!」

「それでは、本日の裁判は以上とする」

 閻魔様は法廷中に響き渡る声で、そう告げた。


 閻魔様の退廷後、わたしは獄卒たちに引き連れられて、元いた牢へと移送される。何もない牢屋の中でわたしはごろりと横になり、天井の木目を眺めながらぼんやりと考える。

 此度の裁判における汝の弁舌、見事であった。だが、次はこうはいかぬ。

 退廷の際にタカムラから告げられた言葉を思い出し、わたしは身震いする。裁判が玉虫色の結論に終わったにもかかわらず、彼の目は裁判が始まった時とは打って変わって、まるで新たな獲物を見つけた猛禽類のように鋭く力のあるものだった。

 今日の裁判を通してひしひしと理解したが、タカムラの理解力と頭の切れは異常だ。わたしは眠れる獅子を起こしてしまったのかもしれない。


 裁判後に獄卒から説明を受けたところによると、わたしの罪を問う裁判は、最大で七回まで行われるらしい。今日の裁判で議論されたのは、因果関係という現代科学でも十分に答えを与えられていないお化けのような存在が持つ、ほんの一つの側面に過ぎない。あたかもお寺に飾ってある阿修羅様の像のように、因果関係は複数のまったく異なる顔を持つのだ。


 だけど、やるしかない。

 殺風景な牢の天井を見上げながら、わたしはひとり、心の中で呟く。例え現状、何が本当に正しいかわからない状況でも、必死に考えることを辞めてはならない。なぜならそれが、今のわたしに出来る唯一のことであり、そしてまた、科学というものも、わたしの知る限りそのような営みのなかで発展を遂げてきたからだ。


 これからがほんとうの裁判のはじまりだ。わたしは次回の裁判に備えるため、固い牢屋の床でゆっくりと眠りについた。

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