§2 被告人リツコの反論:ヒュームの因果論①(恒常的連接説)
「……わかりました。ではまず、タカムラさんにお伺いします。あなたは私が父に与えたどんぐりによって父が腹を下したと仰いましたが、それはほんとうですか?」
私の発言に、タカムラは眉をしかめる。
「異なことを述べるな、亡者リツコよ。どんぐりを食した後、汝の父が腹痛になった。どんぐりが原因であることは、語らずとも明らかではないか?」
タカムラの発言に、わたしは首を振る。たしかに、常識的に考えればそうだ。だが、わたしが知る限り、因果関係というのはそんなに生易しいものではない。
「恐れながら。タカムラさんの仰っているそれは、因果関係ではなく前後関係です」
「前後関係? どういうことであるか」
「ご説明します。因果関係を考えるうえで現代においても参考になるのが、18世紀の英国の哲学者である、ヒュームの考察です。ヒュームは出来事Aと出来事Bの間に因果関係があると言うためには、三つの条件が必要であると考えました。その条件とは、①時間的な先行性 ②物理的な近接性 ③恒常的連接 の三つです」
わたしの反論にタカムラは眉を上げ、ほう、と興味深そうに頷く。
「最近は信心のないものも増えたためか、説明の途中で暴れたり、逃げ出そうとする亡者がほとんどでな。正直辟易としていたのだが……どうやら汝はそうでないらしいな」
「よかろう。前者二つはまあ良い。そもそも原因が結果より後に来ることはあり得ないし、往々にして原因と結果は、何らかの意味で近くにあるものだ。これらは、汝のどんぐりと汝の父の腹痛の関係にも当てはまる。よいな?」
「はい、その通りです」
「そうなると、汝の言う『恒常的連接』とやらが争点になるということだな。これはどういう条件なのだ?」
タカムラの理解は、現代的な因果論を勉強したことがないであろう人間としては、信じられないほど速くて正確だ。もしかしたら生前は学者かなにかそれに類する職業だったのかもしれない。
「はい、『恒常的連接』とは、因果関係にある二つの事象は、継起の規則、即ち『Aが起これば必ずBが起こる』という規則性を持つという考えです。今回の例に即していえば、『生のどんぐりを食べれば必ず腹痛が起こる』と言えるのかが論点となります。ひとつお伺いしたいのですが、タカムラさんは今回の主張をするにあたり、実際に生のどんぐりを食べ、腹を下すという規則性があることを確認されたのですか?」
わたしの質問に、タカムラは苦笑する。
「確かに、汝の言うような確認まではしておらぬな。それに、そのためには部下である獄卒たちに身を張って協力してもらう必要があるが、我も鬼ではない。そのようなことをすれば人倫にもとる」
一瞬びくっと身を震わせた周囲の獄卒たちが、明らかにほっとしたため息を漏らす。実は地獄の裁判所は、上位下達が厳しい職場なのかもしれない。
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