禍々しい羽虫
フレアは汗だらけになり、肩で息をしていた。
階段の先にある天井――王城の床につながっている――を何度も叩いたが、ビクともしなかった。
「どうしよう……みんなどうなっているのかな」
フレアは天井を触りながら溜め息を吐いた。
「私って肝心な時に役に立たないのね」
「そうだね、邪魔なだけだよ」
まとわりつくような声が階段の下から聞こえた。
うずくまっていたはずのイクリプスが嫌らしい笑みを浮かべて立っていた。瞳を殺意でぎらつかせて、全身に暗い闇をまとっている。
残酷な楽しみを見出した悪魔を思わせる。
フレアは思わず小さな悲鳴をあげた。
「……復活しちゃったの?」
「当たり前だよ。ここは僕が無敵になれる空間だ。君程度の力で抵抗できたのが異常だ」
イクリプスは階段を一つずつ、ゆっくりとのぼる。
不気味しい笑いを響かせて、右の人差し指をフレアに向ける。その指には、羽虫が乗っていた。
「王城の様子を気にしていたね。分かりやすく、みんなの声が聞こえるようにしてあげるよ」
フレアは固唾を呑んだ。
羽虫が黒く禍々しい雰囲気を帯びている。そこから聞き覚えのある声が響く。
「ブライトさん、しっかりしてください!」
「ダメだ、クロス。俺が抑えている間に逃げなさい!」
「イーグル先生だけに任せられません!」
クロスとイーグルの会話のようだ。
次の瞬間に、ローズの悲鳴が聞こえる。
フレアは青ざめた。
「……お兄ちゃんが操られているの?」
「彼は世界警察のエースだからね。便利だよ」
イクリプスは含み笑いをする。
「こんな時に何もできないなんて、君は本当に役立たずだね」
「そんな……」
フレアはうつむき、涙目になった。
思えば、ブレス王国跡地に来てからクロスに頼りっぱなしだ。みんなの役に立ちたいと思っていたはずなのに。
フレアは震える両手で握りこぶしを作る。
何もできないままでいたくなかった。
「……私も何かしなくちゃ」
「くだらない目標は持たない方がいいよ。無駄に疲れるだけだから。君のためにいい事を教えてあげるよ」
イクリプスは階段の途中で足を止める。
「僕は女の悲鳴が聞ければご機嫌になる。君が僕に服従すると誓えば、ブライトを見逃してもいいよ」
「……私に何をさせる気なの?」
フレアは震える声で尋ねた。
イクリプスは大笑いをした。
「僕の気が済むまで無抵抗でいなさい。何をすればいいか身体に教え込んであげるよ」
「絶対に嫌! バースト・フェニックス、私を守って!」
フレアの全身が赤い燐光を帯びる。
一気に熱が上がり、階段が少し溶ける。
しかし、赤い燐光はすぐに消えた。
「どうして!?」
「さっきも言ったよ。ここは僕が無敵になれる空間だ。壁や床に描かれた文様のおかげでね」
イクリプスは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「静かにしてごらん。いい所だから」
羽虫から聞き覚えのある声が響く。
「ブライトさん、目を覚ましてください!」
「ダメだ、ローズまで操られかけている!」
「この私が、この私が操られるなんてあってはなりませんのよ! 早くイクリプスを倒さなくてはいけません!」
苦しそうなクロス、イーグル、そしてローズ。
何かが破壊される音が聞こえる。おそらくローズの魔術で操る太い木の根が暴走している。
フレアは泣きそうになりながら、叫ぶ。
「バースト・フェニックス、みんなを守って!」
赤い燐光は天井を少し焦がす。
しかし、すぐに消える。
イクリプスが嘲笑する。
羽虫から声は響く。
「イーグル先生、あなたはどうか操られないでください!」
「……に、逃げろ。ブライトを押さえ込みながら精神的に抵抗するのは無理だ」
「私が、この私が……!」
フレアは全身を震わせた。
絶望的な状況だと分かる。
そんな時に、他の声が混ざる。鈴の鳴るような、綺麗な声だ。
「よく分からない状況ですね。エリス様のエンジェル・ブラッドとローズのフォレスト・マーチが入り混じっています。ブライトがクロスとイーグルに押さえ込まれて、ローズがうめいていますが……シェイド様、どうしましょうか?」
「ローズとブライトを助けると、フレアと約束したからな。あと、俺の事はシェイドでいい」
「分かりました、シェイド様。アクア・ウィンド、ボルテックス・シールド」
シェイドでいいという言葉はスルーして、セレネが呪文を唱えたようだ。
よく知らない女の抗議が聞こえだす。
「シェイド、勝手な事はやめて。ブライトもローズも渦に閉じ込められちゃったじゃない! せっかく仲間割れをしていたのに」
「勝手な事をしているのはどっちだ? あんたの任務はみんなに羨ましがられる事だ。玉座にもどってふんぞってろ」
「あなたはどうしていつもけんか腰なの!?」
「これでも
フレアは首を傾げた。明らかに途中で切られている。
「あの、続きは?」
「わざわざ聞かせるつもりはないよ! いい所だったのに。あの銀髪野郎、絶対に殺す!」
イクリプスは怒りを露わにして両手をワナワナとさせていた。羽虫は握りつぶされていた。
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