ローズの意地
クロスとローズが走り続けていると、視界が開ける。
通路はさらに奥に続くが、その通路を囲うように、左右に弧を描くような階段が配置されている。
階段を昇った先にはエリスの肖像画がある。
その部屋の床に隠し階段がある。その先にフレアとイクリプスがいる。
「もうすぐフレアの元にいけますのね。思ったより簡単にたどり着けそうですわ……!」
ローズは得意げだったが、その表情はすぐに凍りついた。部屋に入る前に、ローズもクロスも足を止めた。
異様な光景が広がっていた。
部屋中が、七色の光を放つ透明な固体に閉ざされている。ダイヤモンドで固められているのだ。
その中には、シェイドが召喚した黒い球体もあった。空中でダイヤモンドに閉じ込められて、静止していた。
そんな部屋の中央で、水色のマーメイドドレスに身を包んだ金髪を結い上げた女性が不適に笑う。
「遅かったわね。お花摘みをしていたの?」
「エリス……」
ローズが呟く。
「クォーツ家を勘当されてから、随分とお元気に暮らしていたと聞いておりますわ」
「それはどうも。私の任務はみんなから羨ましがられる事。ドミネーションの神から与えられた啓示を受けて頑張っていたわ」
エリスは口元に片手を当てて優雅に微笑む。
ローズは露骨に不愉快そうな表情を浮かべた。
「都合の良い啓示ですわね! そのために何人、いえ何十人が犠牲になったと思うのかしら」
「私の任務のために死ねるのなら幸せよ。そこらへんで野垂れ死ぬよりずっといいわ」
「勝手な事を言わないでくださる!?」
ローズの語調が強くなった。
「あなたのせいでクォーツ家の名誉は下がるし、散々でしたわ!」
「あらあら、見る目が無い人が多いと苦労するわね」
「いいかげん目を覚ましてくださらない!? フラワー・マジック、フォレスト・マーチ」
ローズの両手から、数本の太い木の根が生える。木の根は勢いよくエリスの元まで伸びて、エリスを捕らえようとしていた。
エリスは悩まし気に小首を傾げた。
「目を覚ますべきなのはあなただと思うわ。ファントム・ジュエリー、ダイヤモンド・ミスト」
空気がキラキラと七色に輝く。輝く空気が木の根にまとわりつくと、一瞬にして固体となる。
太い木の根はダイヤモンドに閉じ込められて、身動きが取れなくなった。
ローズは悔しそうに歯を食いしばる。
エリスはクスクスと笑う。
「世界は二種類の人間に分かれるの。人を制する人と、隷属する人よ」
「そんな世間しか知りませんの? 貧相な価値観ですこと!」
ローズは精一杯の虚勢を張った。自らの金髪をかきあげて胸を張り、高笑いをした。
「世界はあなたが思うよりずっと広くて、素敵な人がたくさんいますのに。魔術学園グローイングで何を学んだのかしら!?」
「魔術学園では魔力の正しい使い方を学んだわ。優れた魔術師は世界を制するの。あなたには分からないかもしれないけど。私に従う気のない人間は、神を除いて害虫よ」
エリスはゆっくりと、右腕を真横に伸ばした。
太い木の根が、ダイヤモンドと共に音を立てて崩れ落ちる。やがて粉々になり、七色に輝く残滓だけが残った。
「おしゃべりはこのへんにしましょう。ファントム・ジュエリー、ヴェイカント・シェル」
ローズの足元に白い複雑な紋様が生まれる。
ローズは指先一つ動かせなくなった。深海に沈む貝のようだった。
エリスが勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私に従うのなら、命は取らないわ。あなたの血筋は私と同じだから、多少の生意気は目をつぶってあげる。クォーツ家に生まれた事を幸運に思いなさい。一緒にホーリー家とブレス王家を滅ぼしましょう」
ローズは顔面に力を込める。
身体は動かない。魔力では勝てない。魔術師として格が違い過ぎる。
しかし、ローズの脳裏にはフレアの笑顔があった。
自分が仲間はずれにされても、散々嫌味を言ったのに、分け隔てなく付き合ってくれた。
友達になってくれた。
フレアはホーリー家の一員であり、ブレス王家の血筋であるが、その前に無二の親友だ。
そんなフレアを大事にしたい。
ローズはエリスを睨んだ。
その睨みに応えるように、沈黙を守っていたクロスが口を開く。
「ローズ、おまえの答えは聞くまでもない。カオス・スペル、リターン」
クロスの両手から黒い波動が生まれて、ローズを包み込む。
エリスの魔術は無効化され、ローズの身体は自由になった。
ローズは胸にありったけの空気を吸い込み、高笑いをあげる。
「この私の不意をつくなんて、なかなかやりますわね。褒めてあげますわ! 姓はクォーツ、名はローズ。超天才美少女魔術師を敵に回した事を後悔させてあげますわ!」
ローズの高笑いがこだまする。
クロスは耳を塞ぎたくなったが、露骨な溜め息ですました。
「元気なのはいいが、もう少し静かにできないのか」
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