セレネの答え

 ブレス王国の王城の大広間は、大惨事であった。

 巨大なシャンデリアは粉々に砕かれて、床に散乱している。窓ガラスは全て割れて、風が通り放題となっていた。

 そんな大広間で、抱きしめ合う男女がいた。

 長さのそろわない銀髪を生やす囚人服の男と、腰までのびた銀髪を生やすコバルトブルーのドレスに身を包んだ女だ。

 シェイドとセレネであった。

 セレネの青い瞳が、シェイドの右腕を凝視する。傷つき、血がにじんでいる。

 シェイドはセレネの視線に気づいて、口の端を上げた。


「俺を生かすのも殺すのも、あんたの自由だぜ。恨みを晴らすなら今だ」


 シェイドは昏倒寸前であるが、セレネを操る魔の手から解放した自信はある。また操られる可能性はあるが、当分の間は大丈夫だ。

 抱きしめている状態では、あらゆる攻撃を避ける事はできない。シェイドの生死を決めるのは、セレネだ。

 シェイドは、穏やかな気持ちでセレネの答えを待った。彼女の忠義には何度も救われた。それなのに、彼女の意志に反してエリクサーを口移しした事を、本当は恨んでいるかもしれない。

 どんな答えが来ても、彼女の本音なら受け入れるつもりだ。

 窓から微かな月明りが入る。

 ほどなくして、セレネが口を動かす。


「……アクア・ウィンド、リカバリー」


 消え入りそうな声だった。

 しかし、セレネの魔術は確かに放たれた。

 心地よい風が流れて、シェイドの右腕の傷は塞がれた。

 シェイドは笑った。思いのほか大きな声になった。

「本当に良かったのか? 恨みを晴らすなら今だと言ったのに」

「恨みなんて全くありませんよ。感謝してもしきれないくらいです……」

 セレネはしゃくりあげた。

「あなたを殺すなんて、思いつきもしませんでした。操られていたのに、こんな事を申し上げて良いのか分からないのですが……もっと信頼されるようになりたいと思います」

「あんたはよくやっているぜ」

 シェイドは、セレネから離れて、セレネの頭をポンポンと軽く叩いた。


「俺はドミネーションの幹部を引退するつもりだが、あんたはこれからも活躍してほしいぜ」


「え!?」


 セレネの声は裏返った。両目を見開いて、シェイドの両肩を掴む。

「どうしてですか!? ドミネーションに何か不満があるのですか!?」

「俺自身の問題だ。ドミネーションに不満はねぇよ」

「不満がないのなら幹部を続けてもいいと思います! いえ、続けるべきだと思います!」

「神がどう判断するかだ」

 セレネがいると、エージェントたちを平等に扱えないという言葉は呑み込んだ。

 神とは犯罪組織ドミネーションのトップの事だ。

 シェイドはセレネの手をそっと離した。

「クロスやフレアを引き入れる。たぶんドミネーションの幹部として最後の仕事となるぜ」

「裏切り者とブレス王家ですよね。どうやって引き入れるのですか?」

「イクリプスに操られているローズたちを助ける事と引き換えに、言う事を聞くように約束した」

「そんな口約束を守りますかね?」

 セレネが疑問を呈すると、シェイドは含み笑いをした。


「約束を守らないなら、力づくで従わせる。殺したっていいだろ。今までもそうして来たぜ」


「そうですね、それでこそシェイド様ですね!」


 セレネの表情は明るくなった。

「早速ローズたちを助けてあげましょう!」

「前々から言っているが、シェイドでいい」

「幹部としての自覚をお持ちください! それでは行きましょう」

 意気揚々と歩きだすセレネの後を、シェイドは溜め息を吐いてついていく。

 シェイドの表情は穏やかだった。

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